第14話 呼び合った魂
『お願いだ。一緒に来てくれ』
そう懇願された。
当然、タケルは断った。さらに理由も加えた。これからアルバイトがあるのだと。
すると、彰は言った。
『何ら支障はない。既に代わりの者を行かせた。むろん、ギャランティーは君に発生する。……来てくれなければ、俺は死ぬ』
脅迫まがいのことを言われ、タケルは仕方なく彰の車に乗った。
忘れようとしていたはずの事件の現場へ、再び足を踏み入れることになった。そこは二度と来るはずのない場所だった。また、そこの主も、以後、自分の人生に決して関わることのない、行きずり人であるはずだった。
「誰にも邪魔されたくない」
件の部屋に到着すると、彰はインターフォンをオフにした。
ふたりは向かい合ってソファに座っていた。
彰はワインを注いでタケルの前にもグラスを置いた。
「貴水さん、未成年でしょう」
目の前の青年・貴水彰は青樹と同じくらいの年齢と思えた。
「関係ない」
彰はひとりで杯を重ねていた。
「酔ってしまいますよ」
「酔えるから飲むんだ」
彰と初めて逢った時のことをタケルは思い出していた。優しくて温かい。それが彼の印象だった。しかし、今はまるで別人のようだった。
「ねえ、真宮くん、さっき君が言った『罰』の意味を、よかったら教えてくれないかな。君があの夜、凍えながら徘徊していたことと関係あるのか?」
「……話したくありません」
『罰』と、先ほどつい口にしてしまったことをタケルは後悔した。
最愛の青樹に心にもない侮蔑的な言葉を吐いた罪ゆえの罰。それが、あの強姦だ。しかし、許されるなら、あの夜の記憶を全て消し去りたい。そう強く願っていた。なのに、それに関わった人物と再会することになろうとは。
「そうか。話したくなければいいんだ」
少し間を置いて、苦笑いを浮かべながら彰は続けた。
「千鶴が君のことを好きだった。俺にとっては可愛い妹だ。君はよくもふってくれたな」
「それで僕を許せなくて……?」
「違う。俺はただ、もう一度君に会いたかっただけだ。会って、あの夜のことを謝りたかった。君に俺の謝罪の気持ちを知って欲しかった。そして、願わくば……天使に……妹が君を天使みたいな人だと言っていた。俺もそう思う。君は天使なんだ。あの日、神が可哀想な俺の許に遣わした……」
「僕はそんなんじゃありませんよ。それに、可哀想? あなたが?」
彼ほど何ひとつ不自由のない華麗な人間を、タケルは今まで現実に見たことがなかった。資産家の親、端正な容姿、約束された未来。貴水彰は生まれながらにして、およそ人が望む殆どの福徳を手にしていた。いったい、どこをどう押せば彼が可哀想だというのか。タケルには理解が及ばなかった。
「懺悔、してもいいだろうか」
「……それであなたの気が済むのなら」
そう応えてタケルは、胸の内で嘆息を漏らした。神だの懺悔だの、どこまで自分を天使扱いするのやらと。何より、一分一秒でも早く青樹の許へ帰りたかった。
「俺の辛さ、哀しさ……それを、誰にも言えず今日まで来た。あの夜、君と……天使と出逢って、初めて救われる予感がした」
「買いかぶらないでください。僕は天使でもなければ人を救えるような強い人間でもない。むしろ、あの日は最低の……」
最低の自分だった。青樹へのやるせない想いを抱えたまま、あてもなく彷徨していた惨めな自分。それこそまさに、今、彰が言った『辛さ、哀しさ』そのままの。
辛さ、哀しさ。ああ、そういうことかとタケルは思い至った。似通った思いを持つ者同士の魂が、あの夜、呼び合ってしまったのかもしれない、と。




