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第11話 朝の邂逅

「青樹……?」


 目覚めると、傍らに青樹の姿はなかった。

 早朝から仕事に出かけると聞いていた。タケルが嫌っていたヌードモデルのアルバイトだ。制作の演出上の都合で、晴れた日の暁光が必要だからとのことだった。


 気持ちが通じ合ってからは、嫉妬の念はもうなくなった。幼い頃からどんな願いも聞いてくれた青樹が、その身を以って最高の願いを叶えてくれた。

 愛し合うほどに弥増す歓びに、心も身体も魂も、無上の幸せに満たされた。何度でも見たい、あの婀娜めく表情を。何度でも聴きたい、あの狂おしく喘ぐ声を。そして、何度でも触れたい、あの(なめ)らかな肌に。


「青樹」


 愛しい人の名を呼んでも、今ここに彼がいないことが、タケルを切ない気持ちにさせた。初めての朝にこそ、傍にいて欲しかった。



 その後、タケルは出かける用意を始めた。

 通学路の途中にある古書店でのアルバイトだ。数年前に夫を亡くした初老の婦人が一人で切り盛りしていたが、寄る年波には勝てず、年内に店を畳んで息子夫婦の世話になるという。

 仕事の内容は店仕舞いのために町の図書館へ寄贈する本や廃棄処分にする本の仕分けなどだ。決して広いとは言えない店内ながらも、天井近くまで(うずたか)く積まれた年代物の古書の冊数は万単位に及ぶ。タケルの他にもアルバイトの人員は確保されているとはいえ、簡単に終わる作業ではなさそうだった。

 以前からタケルは、その古書店には下校時に友人たちと度々訪れていた。そのうちに、店主の婦人と顔馴染みになった縁で、今回の仕事を頼まれたのだった。友人の何人かは塾通いなどのため辞退したが、タケルは喜んで引き受けた。理由は他にもあった。自分が働いたお金で青樹に何かプレゼントをしたいと思ったのだ。

 しかし、件のアクシデントにより、結局、最終日の一日だけのアルバイトになってしまった。終業が何時(いつ)になるか見当もつかないため、婦人はアルバイトの学生たちの食事や風呂、さらには寝床の用意まで準備万端整えて、何としても切り良く年内に完了させたいとの意向を示した。

 勿論、責任感の強いタケルは全ての業務を終えるまで帰らないつもりだった。そして、その旨は既に青樹に伝えていた。



 タケルが家を出ようとしていたちょうどその時、青樹が帰って来た。

 その青樹が、困ったような顔で何かを言いかけた。


「タケル! 俺が今日どんなに恥ずかしい思いを……」

「おかえり。早かったんだね。ごめん! バイトに行く時間なんだ。帰ってゆっくり聞くから。愛してる、青樹」


 時間に余裕がなかった。タケルは言葉よりも欲しいものを優先した。

 飛びかかるように青樹を捕まえ、キスをして慌ただしく家を出た。




 * * *




「真宮くん」


 アルバイト先へ急ぐ途中の道で、タケルは呼び止められた。

 声がした方を見ると、黒いアルファロメオ・スパイダーが停まっていた。


「……?」


 その車から降り立ったのは、まるでファッション雑誌か少女漫画の世界から抜け出て来たかのような現実離れした美麗なオーラを放つ青年だった。


「会いたかったよ」


 青年は、サングラスを外しながら歩み寄って来た。


「あなたは……!」


 タケルは慄然とした。呼び止めた男の顔と自分の身に起こった忌まわしい出来事が、瞬時に重なって、フラッシュバックした。


「俺を、憶えてる? 真宮タケルくん」

「どうして、僕の名前を……」


 否応もない緊張と恐怖がタケルの全身を駆け巡った。心臓の鼓動が自身の耳に届くほど高鳴っていくのがわかる。一刻も早く彼から逃げるべきだとタケルは直観した。

 警鐘が、それを報じるように、脳裡に鳴り響いていた。

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