新ファウスト~伯爵令嬢を選び、元恋人の復讐を密かに撃退して、俺は異世界で成り上がれるか~
俺の名は、ファウスト。前の世界での本名は不破薄斗。
異世界からの転移者、いや転生者なのかな?正直なところ自分でもよく分からない。悪魔のメフィストフェレスに、この世界に連れて来られて、俺の希望する容貌やスキルを与えられたのだ。
元いた世界ではギャンブル依存症で勤務先の銀行の金、数千万円を溶かして、どうにもならなくなったところ、あの悪魔がやって来て、異世界でモテモテにしてやると言ってきた。
リスクはあったが、元の世界ではもう、にっちもさっちもいかない状態だった俺は、この博打に乗った。俺はギャンブラーだからな。
異世界に来るなり、悪魔が俺のリクエストを叶えてくれた。
若返った、二十歳前後。
身長も20センチ以上伸びた上、超イケメンになった。苦み走った顔に涼やかな目元。
それだけではない、槍の達人であるうえ、火魔法が上級まで使えるようになった。
冒険者というより、騎士として成り上がり、一国一城の主になりハーレムをつくったる、そう決心した俺は各地を放浪したよ。
とにかく、背が高くてイケメンで、槍を持たせれば天下無双。武芸では、そこらの冒険者や騎士にはまず遅れを取らない。だから、周りの女がほっておかない。
群雄割拠のサイタミアに流れ着いた時、ある村でとんでもない美女に出会った。名前はマルガレーテ。初めて見かけた時は、妖精がこの地に舞い降りたのかと思ったほどだった。
彼女の声は優しく心地よく、そばにいると甘い花の香りがふわりと漂う。肌は白くなめらかで、思わず触れたくなりそうだ。平凡な村娘だが、これほどの美人は、前の世界でも、この世界でも会ったことがない。俺は彼女に猛烈にアタックした。
その甲斐あって、やがて俺たちはラブラブになった。
最初は俺の方が積極的だったが、その内、マルガレーテの方が俺にぞっこんになった。
俺たちは死んだ後まで一緒にいると約束して一緒に暮らし始めた。
そんな時、伯爵家のハムブレッド家の令嬢ガートレーヌに巡り合った。気品のある美女。マルガレーテとは正反対の勝気で高飛車な性格だった。しかし、そこが却ってかわいかった。
彼女は俺に一目ぼれだったね。
前世ではモテた経験がない俺だったが冷徹な計算を忘れてなかった。
まあ、村娘と添い遂げるのもそれはそれで楽しいが、成り上がって一国を支配するという野望はあきらめきれない。そのためにはまず、貴族の婿になる必要がある。ガートレーヌが俺に惚れ込んだのはいいが、嫉妬深い。
「あなたの容姿なら今まで、他に恋人がいてもそれは仕方がない。過去は問いません。でもこれからは私だけを愛してください」
おれはガートレーヌと婚約した。
マルガレーテは俺の心変わりを知ると、すっかり沈み込んだらしい。それまでの快活でいつも陽気な彼女が目に見えて鬱になったと後で聞いた。
ある日、俺はマルガレーテとすれ違った。
はた目にも分かるほど、彼女が衰弱しているのが分かった。げっそり痩せて、すれ違っても直ぐには彼女と分からないほど容色も衰えていった。
「あなたは本当に私の事を忘れたの?あの誓いもお忘れになったのね」
俺は気がつかない振りをして通り過ぎて行った。
彼女が死んだのは、それから数日たってからだそうだ。
貧乏な彼女は村はずれの墓場に穴を掘って埋められたが、墓標もなかった。
やがて俺はガートレーヌと結婚した。
上流貴族の贅沢な暮らし、美しいガートレーヌとの結婚生活はあまりにも楽しく、一時はあんなに愛したマルガレーテのことを、俺は忘れ果てた。
ある晩のこと、氷のように冷たい手で俺は目を覚ました。真っ暗な寝室で相手が見えない。
「そこにいるのはだれだ?」俺は思わず叫んだ。
「……わたしよ」
「……」 血の気が引くのが分かった。その声に聞き覚えがあったからだ。
しかし、思い切って言った。
「わたしってだれだ?俺はおまえなど知らない」
俺は大声を出したのだろう。妻が目を覚ました。
「一体、何を騒いでるの?眠れないじゃない」
「ほほほほほほほ」マルガレーテの笑う声が聞こえる。
暗闇の中にぼんやりと光る骸骨が見えた。
骸骨は妻と俺の間に入り寝転んだ。冷たい、まるで地獄の底の氷のように冷たい。
俺は体を凍らせるような冷たい骸骨にふれて身震いした。
「お前は、なんのために現れた。出ていけ、出て行ってくれ!」
「うるさくて眠れないわ。出ていけというなら出ていくわ!」
わがまま放題に育てられた妻が、癇癪を起した。怒って寝室を出て行ってしまう。
骸骨は笑う。
「私の姿はあなたしか見えない、私の声はあなたしか聞こえない」
「一体、何が欲しいんだ?」俺は亡霊に問う。
「私を抱いてちょうだい。とても寒いの」
とてもベッドに寝てはいられない。俺は部屋の片隅にうずくまって一睡もしなかった。
結局、骸骨は夜明けまでベッドの上で寝ていた。
翌朝、激怒している妻を放置して、俺は聖女様のところへ向かった。
光魔法でマルガレーテを除霊する必要があったからだ。
しかし、すべてを話すことは出来ない。悪霊が悪さをすると言ってごまかした。聖女様も女性だ。俺の説明を誤解されてマルガレーテに同情されても困る。
「私の光魔法でその悪霊を退散させましょうか?」聖女様には、そうも言われたが、断った。
マルガレーテと対決して、うっかり彼女の話を聞いて、俺がまるで悪者みたいに思われたらもっと困るからな。
「いつ、どこで亡霊が現れるか分かりません」俺は適当な言い訳をした。
聖女様は霊力を宿した聖水を透明な大瓶に分けてくれた。量にすればワインのボトル1本分くらいだろうか。
「貴重な聖水です。これだけあればどんな強力な魔物でも耐えられないでしょう」
夜になって、俺は妻を寝室から追い出した。
骸骨が現れた。ベッドの上に寝ている。
「私を抱いてちょうだい。とても寒いの」
俺はマルガレーテと対峙した。瓶のキャップを開けて、聖水をかける。
「キャアアアアァァァァァァァ」
おっ、苦しんでる。いいぞ、もっとやってやろう。
聖水を更にかける。「悪霊よ、退散しろ!」
「ギャアアアアァァァァァァァァァァ」
煙が上がり、硫黄を燃やしたような嫌な臭いがする。
骸骨は俺をにらんだ。体が動かせないようだが、まだくたばらない。
「止めだ。これで浄化してやる!」瓶を逆さにする。
「ドボドボドボ」 骸骨の上から残りの聖水を注いだ。
「ジュジュジュジュジュ」部屋一面に異臭が立ち昇る。
「くやしい! もう、ここには居られない。でも、覚えておきなさい。
必ずあなたを破滅させてやる!」
骸骨は甲高い声で笑うと、霧のように消え去った。
これでようやく平穏な生活が戻る。俺はハムブレッド家の当主となり、やがてサイタミアを統一して、王へと成り上がる。そのための第一歩が崩れかけたが、なんとか修正できた。俺の美貌は武器だ。俺にとって女たちは、俺の肥やしにすぎない――そう思うと、自然と笑いが込み上げた。
夜明けがやって来た。窓から朝日が差し込み、外には小鳥のさえずりも聞こえる。悪霊との対決に完全勝利したのだ。俺はホッと胸をなでおろした。
物も言わず寝室に入って来た妻は、激怒していた。無理もない、夫が夜中に騒ぎ出してろくに眠ることも出来ない上、俺も何のフォローもしてなかったからな。
「お前にも、色々苦労をかけたな。だが、すべては解決した。もう大丈夫だ」
特上のイケメンスマイルで妻の機嫌を取る。
だが、聖水でぐっしょり濡れたベッドを見た妻は、怒りに顔を歪めた。まるで鬼のような形相だった。
「もう我慢できないわ。離婚よ! いますぐこの家から出て行って!
夜中に騒いだりとか、いままで我慢したけど、いい歳しておねしょなんて信じられない!」
その瞬間、どこからかマルガレーテの笑い声が響いた。「ほほほほほほほ……」
聖水は効いてなかったのか? いや、まさかこれが彼女の狙いだったのか……!?
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