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カイヤナイトの道しるべ

作者: 王里りこ

 とある森の奥深く。どこにでもあるような さらさらと流れるこの川の中に、人を絶望から救う美しい女性がいるということを、君は 知っているだろうか。ほら、川の浅瀬付近に、大きくて青いカイヤナイトがあるだろう。その石の中を覗いてごらん。選ばれた人であれば、あちらの世界に行けるのだから。



  昔からそうだった。先生や先輩に目をつけられやすく、どうでもいいことで怒られたり、 いじめられたりと散々だった。その当時は、 学校という異質な空間から卒業できれば、僕が輝く日常がやって来るのだ、と本気で思っていた。しかし、現実は残酷だった。社会はさらに厳しく、不必要だと思われたら即捨てられる。それも自主的に辞めさせるよう、暴言や暴力、陰口で相手を弱らせ、フェードア ウトさせることが流行っているようだ。そりゃあ、仕事もできなければ人とコミュニケーションを取ることもできない僕が悪い。だけど、こっちも努力している。努力しても、追いつけない。努力しても、本番は絶対に失敗する。 結局、生まれ持った能力なんだよ。人生、うまくいくかどうかなんて。愛される人は愛されるし、嫌われる人は嫌われる。もう、傷つきたくない。 人と関わらないで、一人のんびり、たくさんの自然の中で自由に過ごしたい。お金も権力も必要ない、自分だけの世界。ずっとそう 思っているけれど、現実は不可能だ。でも、 最後くらいは、その夢を叶えさせてほしい。それが無理なら、死ぬという選択しかない。


 「や、辞めます。今日で仕事、辞めます。」


出社して早々、退職届とともに、震える声で上司にそう言った。部屋の冷房がギギギと変な音を出し、僕の声をかき消すかのように動いている。


 「は?今日で辞める?バッカじゃねえの?あれだけ会社に迷惑かけといて、逃げんじゃねえよゴミ 

 が!」


怒りにまかせ、上司は何度も僕の足を蹴りまくる。 そしてクスクスと笑う周りの女達。近くに座っている同期の男は、嬉しそうにこちらに目をやっている。周りからの嘲笑、上司からの暴言暴力に耐え、会社を出た時には、僕の心はもう限界だった。夢を叶えるために仕事という地獄から脱却したつもりであったが、心の中で、 その地獄が何度も何度も現れる。抜け出せない恐怖、トラウマで、自分が狂っていく。そもそもこの社会自体が地獄だ。仕事を辞めたところで、永遠に地獄から抜け出せない。自由なんて、人間として生まれたからには得られない。


 「もう、死のうかな。ハハ…... もっと早く死んでおくんだった。」


交通費だけをポケットにつっこみ、俯きながら電車に乗り込んだ。涙なんて、誰にも見られたくない。



 突然の急ブレーキで目が覚めた。車窓に目をやると、オレンジ色の空が、たくさんの木々を赤く照らしている。田畑はあるものの、 人の姿は全くみられない。大きな森林が、こちらを見下ろすように待ち構えているだけである。


 「こ、ここだ… 。僕が求めていた場所、夢を叶えられるところ… !」


駅名も確認せず、急いで電車を降り改札を出 た。無我夢中に森林へ向かい、その中へとつき進んでいった。もっと奥へ、もっと奥へと取り憑かれているかのように走り続けた。この森の中に飲み込まれてしまえば、きっと自由になれる。やっと、この真っ黒な社会から脱却できる。やっと、楽になれる。

 どのくらい走ったのだろうか。気が付いたときには、目の前に一本の大きな川の姿があった。日は暮れ周囲は暗くなっていたため、どんな色をしているのか、綺麗な川なのか、そんなことはわからなかった。しかし、暑さで汗だくになったからだろうか。考える間もなく、本能で川に飛び込んだ。川の流れに身をゆだね、どんどん下流へと流れていく。丁度いい。このまま どこかに流されて、死んでしまえばいい。そう思った瞬間、浅瀬の方で何かがキラリと光った。気になり浅瀬へ移動すると、手のひらサイズの青い大きな石がそこにあった。


 「なんだこれ… 。綺麗… 。」


まじまじとその石を見ていると、突然視界全体が青くなった。「み、水の中… ?息ができない… 苦しい… 死ぬ… !」

 自由になりたかった。それだけなのに、なぜこんなことに。しかも、あんなに死にたかったのに、いざとなると苦しくて辛い。どうしたら......僕は、どうしたら......。



 「… 大丈夫?迷える子羊くん。」


ふと目をあけると、何やら青い服を着た女性らしき人の姿がみえる。


 「あ、あれ?苦しくな… い?」


 「まったく。死にたかったんじゃないの?」


女性は冷たい目でこちらを見る。三白眼の鋭く黒い瞳に、今にでも吸い込まれそうだ。


 「ご、ごめんなさい… 。」


恐怖から咄嗟に声が出た。だけど、それだけじゃない。他にも言うべきことがあるのに、 喉がつっかえて言い出せない。「… どうして 僕はいつもこうなんだ。どうして… 。」泣きながらうな垂れていると、女性が口を開いた。


 「生きにくいんでしょ?あなたの世界。私が何とかするから、涙を拭きなさい。」


そう言うと、濃く鮮やかな青色のハンカチを僕に差し出した


 「 ......あ、ありがとう…...ございます。」


 「ふっ......言えるじゃない。感謝の言葉。」


女性は軽く微笑んで、照れくさそうに腰まである ⾧い黒髪を触った。落ち着きを取り戻した僕は、ようやく目の前にいる女性をきちんと認識することができた。ドレスのような上品で美しい青色のワンピース。肌の色は真っ 白であるため、赤い小さな唇がより際立っている。腰まである長い黒髪は、彼女が動くたびに揺れ、あまりの美しさに目が離せない。しかしそれ以上に気になったものは、彼女の胸元についている青い石である。僕が川で 見つけたものとそっくりだ。僕の視線に気が付いたのか、女性がこちらを見つめて言った。


 「これはカイヤナイト。綺麗な石でしょう ?まあそんなことより、あなたを助けてあげるわ。せっ

 かく出会えたのだし。ついてきなさい。」


女性は振り返り、前へと歩き始めた。僕も慌てて追いかける。十数分ほど歩き続けただろうか。人が一人入るか入らないかくらいの、小さな暗い部屋へとたどり着いた。


 「さあ、ここに入りなさい。私が入ってくるまでは出たらだめよ。ほら、早く。」


答える間もないまま、僕はその部屋に押し込まれた。体育座りでやっと入れる大きさである。それに部屋の暗さも相まって、余計に怖い。女性は何も言わず、その扉を閉めた。真っ暗な部屋に閉じこめられて数分ほどしたとき、突然誰かの声が聞こえた。 

  

 「お前、本当にムカつくな。死ねよ。」


 「またあいついじめられてるよ。ハハ、かわいそ― 。」


 「お前はこんなこともできないのか。… お い、何かいったらどうだ?そうやって黙りこめばいいと

 思うなよ!」


ああ、これは、僕が今まで言われてきた言葉 だ。そうだよな、こんな人生だったよな......。情けない。本当に情けない。僕が悪いんだよな… 。みんなを不快にさせた僕が… 。


 「本当にかわいい子。私の自慢の息子よ!」


 「賢そうだなぁ… 。きっと立派に育ってくれるよ。」


え … どうして?どうして僕を褒めているの?そんな言葉、言われたことなんてないはず… 。 「


 「名前は… てる。輝と書いて、てる、よ。」


 「輝。良い名前だ。この子ならきっと輝ける。いや、もう輝いているな!ハハハ!」


僕の名前… 。もしかして、父さん?母さん? 僕がまだ赤ちゃんだった時に、両親が事故で 亡くなったから、施設に預けられていたけれど…... 。そっか。僕には父さんと母さんがいたんだ。二人とも、僕のことを愛してくれていたんだ。僕のことを、誇らしく思ってくれていたんだ。ありがとう。僕、負けないよ。名前のように、輝く人生を歩めるように、頑張るよ。 ありがとう、父さん、母さん… 。



 「… はい、お疲れ様でした。もう出てきていいわよ。」


急に女性が扉を開け、部屋の中に入ってきた。暗闇の中に光が差し込む。


 「あ、は、はい… 。」


涙でグシャグシャな姿を見られてしまい恥ずかしかったが、そんなことはどうでもよかった。


 「… 何か、わかったみたいね。別人のような瞳の輝き様だわ。」


 「な、泣いたからだと思います… 。で、でも、こんなリアルな幻を聞かせてくれて、 ありがとう… ご

 ざいます。」


 「幻?何を言っているのだか。… まあいいわ。どういたしまして。ちなみに、これだけは覚えておい

 て。あなたには、あなたを愛し、応援してくれている味方がいる、と いうことを。絶対忘れちゃだめ

 よ。」


女性は微笑んで、僕を抱きしめた。その瞬間、 視界がグルグルと回り、気づいたときには、 先ほどの電車の中にいた。オレンジ色の空ではあるが、周りにはたくさんのビルが立ち並んでいる。いつもの光景だ。先ほどまでの出来事は、すべて夢であったのだろうか。いや、 そんなことはないだろう。あの女性に抱きしめられた感覚が、今も尚残っているのだから。


 「… 仕方がない… とりあえず、生きてみるか… 。」


暖かいオレンジ色の光が、僕をキラキラと照らし始めた。

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