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第3話『音楽への情熱』

### 第3話「音楽への情熱」


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健一は、家の中で手入れを終えたギターを眺めていた。夕方の穏やかな光が窓から差し込み、部屋の中を柔らかく包み込む。ギターの表面に触れながら、健一の心には、父との会話が静かに思い出されていた。


「お前が決めた道なら、それを応援するよ。ただ、しっかり覚悟を持てよな。」


父はそう言った。自分の人生を決める覚悟を持てというその言葉は、健一にとって大きな重みを持っていた。家業を継ぐことを期待されながらも、父は最後には健一の夢を尊重してくれた。だが、健一自身、まだ音楽の道に対して確固たる自信を持てていなかった。現実の厳しさを思い知らされた後、再び夢を追うことに対する不安が残っていたのだ。


スマホがテーブルの上で振動した。画面を見ると、昔のバンド仲間である亮太からメッセージが届いていた。


「健一、久しぶり!またバンドやらないか?ちょっと話があるから会えない?」


その一文に、健一の胸は不意に高鳴った。亮太、真一、美咲——かつてバンドを組んでいた仲間たちの顔が次々と思い浮かぶ。彼らと音楽に打ち込んだあの青春の日々を思い出し、健一は少し迷いながらも返信した。


「もちろん、会おうよ。」


その日の夕方、健一は街のカフェに向かっていた。久しぶりに再会する仲間たちとの時間に、期待と少しの不安が入り混じっていた。かつての自分たちの情熱はどこへ行ったのか、そして今の自分に再びその熱い気持ちを取り戻せるのか——そんな思いが健一の胸に渦巻いていた。


カフェのドアを開けると、すぐに彼らの顔が目に入った。変わらない笑顔で手を振る亮太、真一、そして少し照れた様子の美咲。みんなそれぞれ違う道を歩んできたが、久しぶりの再会は不思議と昔の空気を思い出させた。


「健一、元気そうだな!最近どうしてた?」亮太が声をかける。


「まぁ、いろいろあってさ。でも、そっちはどう?」


「俺たち、またバンドやろうって話してるんだ。お前も一緒にやらないか?」


その言葉に健一は少し驚いた。再びバンドをやる?音楽から離れていた時間が長かったせいか、すぐに返事をすることができなかった。しかし、仲間たちの真剣な表情と、音楽に対する情熱がまだ自分の中に残っていることを感じ、心の奥で少しずつ気持ちが揺らぎ始めた。


「また…バンドか。懐かしいな。でも、本気でやるのか?」


「もちろんだよ。俺たち、来月にライブを計画してるんだ。地元のライブハウスで。お前のギターが必要なんだよ、健一。」


亮太の言葉に、健一は迷いながらも少しずつ心が動いていくのを感じた。仲間たちは変わらず音楽に情熱を燃やしていて、彼らともう一度一緒にステージに立つ機会があるなら、それは今しかないかもしれない。


「分かったよ。やってみる。」健一はついに決断した。


その瞬間、仲間たちは一斉に笑顔を見せ、健一を歓迎してくれた。


「よし、じゃあまずはリハーサルから始めよう。今度のライブに向けて、新しい曲も作らなきゃな!」真一が言い、みんなの顔に希望と情熱が満ちていった。


こうして健一は、再び音楽の道を歩き出すこととなった。父との対話が背中を押し、仲間たちの熱意がその道筋を明確にしてくれた。まだ不安は残っているが、彼はその不安を乗り越えて、自分の夢を再び追いかける決意を固めていた。


---


バンド活動を再開した健一は、週末ごとにリハーサルスタジオへ通うようになった。昔の感覚を取り戻すため、ギターを抱えてアンプに向かうと、懐かしい音が体中を震わせた。亮太がベースを弾き始め、真一がドラムを叩くと、まるで何年も空白の時間がなかったかのように音が一つにまとまっていった。


だが、同時に家業の仕事も健一の頭の片隅に重くのしかかっていた。父が自分に代わって工場を切り盛りしている姿を思い浮かべると、どこか後ろめたい気持ちが拭えなかった。リハーサル後、健一は自宅に戻るとすぐに作業着に着替え、工場に向かう日々が続いていた。


ある夜、リハーサルを終えた健一は家に帰ると、父がリビングで新聞を読みながらくつろいでいた。健一が声をかけると、父は静かに目を上げ、言葉少なに「お疲れさん」とだけ言った。父のその一言が、健一に家業への責任を強く感じさせた。


「今日はどうだった?」父が尋ねた。


「普通だよ。リハーサルしてきたんだ。」


「そうか。音楽も大事かもしれないが、家のことも忘れないでくれよ。お前が継ぐ日が来たら、俺も少しは楽になるんだからな。」


健一は、父の期待を重く受け止めながら、黙ってうなずいた。父が期待しているのは分かっていたし、それに応えるべきだとも感じていた。しかし、心の奥底には音楽への情熱が再び燃え上がっていた。どちらも大事に思えるが、どちらかを選ばなければならないという現実が、健一の心を苦しめていた。


リハーサルの日々が続く中、健一と仲間たちは少しずつライブに向けた準備を進めていた。新曲を作るという話も出て、健一は夜中まで曲作りに没頭することも増えていた。だが、作業に集中すればするほど、家業のことが頭をよぎり、作曲に集中できなくなることもあった。


ある日、健一は作業場で父と二人きりになった時、思い切って話を切り出した。


「父さん、俺、もう少し音楽を続けたいんだ。」


父は工具を手に取ったまま、少し驚いた顔をして健一を見つめた。


「音楽か…お前が決めることだが、家業はどうするつもりだ?」


「家のこともちゃんと考えてる。でも、音楽への情熱をどうしても諦めきれないんだ。」


父はしばらく黙っていた。工場の機械音が響く中、二人の間に静かな緊張が漂った。やがて、父は工具を置き、健一に向き合った。


「お前が本当にそれでいいなら、俺は口出しはしない。ただ、覚えておけ。人生は一度きりだ。どんな道を選んでも後悔しないように、しっかり考えろ。」


父の言葉は重かったが、どこか安心感もあった。健一はその夜、自分の中で音楽にかける覚悟を再確認した。


次の日、健一たちはリハーサルスタジオに集まり、いよいよライブで披露する新曲の制作に取り掛かった。これまでの思い出や、再び集まれた喜び、そして夢への情熱が詰まった曲を作り上げようと、メンバー全員が真剣だった。


健一もギターをかき鳴らし、これまで感じていた葛藤を音にぶつけるかのように情熱を注ぎ込んだ。美咲が作詞し、亮太がメロディーを考え、真一がリズムを刻む。新しい音楽が生まれる瞬間に、健一は再び音楽の楽しさを感じることができた。


しかし、家業と音楽の両立は次第に健一の体力と精神を削り取っていく。昼間は工場で働き、夜はスタジオで練習。どちらにも手を抜けない状況の中、健一は次第に疲弊していった。


そんなある日、健一はついに体調を崩し、倒れてしまう。家業と音楽を両立しようと無理を重ねた結果、体が悲鳴を上げたのだった。倒れた健一を見て、仲間たちは心配そうに駆け寄るが、健一は「大丈夫だ」と無理に笑って見せる。


「健一、本当に無理しなくてもいいんだよ。」美咲がそっと声をかける。


「いや、俺はやれる…ただ、少し休めばいいんだ。」


健一は再び立ち上がろうとするが、仲間たちの顔に浮かぶ不安そうな表情に、自分が無理をしていることに気づかされた。


「健一、少し考え直さないか?俺たち、またこうして音楽ができるだけで嬉しいんだ。無理に全部を背負わなくていい。」亮太が真剣な顔で言った。


健一はその言葉に一瞬戸惑ったが、心の奥で感じていた焦りや不安が、次第に浮かび上がってきた。


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健一は亮太の言葉に打たれ、しばらくの間、自分を見つめ直す時間を過ごした。音楽も家業もどちらも大切で、それぞれに責任を感じていたが、無理を重ねて自分自身を追い詰めていたことに気づく。家業に対しては父の期待があり、音楽には仲間たちの情熱があった。どちらも捨てたくはない。しかし、そのままではいずれすべてを失ってしまうという不安が健一をさらに揺さぶっていた。


次のリハーサルの後、健一はついに仲間たちに正直な気持ちを打ち明けた。


「俺、やっぱり無理をしていたんだと思う。家業を手伝うことも、音楽を続けることも、どちらも自分にとって大事だ。でも、体が限界を迎えていることに気づいたよ。」


健一の言葉を聞いた仲間たちは、黙って彼の言葉に耳を傾けていた。しばらくして、美咲が優しく微笑みながら口を開いた。


「健一、無理しなくてもいいよ。私たちが一緒に音楽を作れるだけで、十分なんだから。ライブだって、無理に成功させる必要はない。大事なのは、みんなが楽しんで演奏できることじゃないかな。」


真一も頷き、こう続けた。「そうだな。俺たち、プロを目指すわけじゃないんだし、楽しんでやれればそれでいい。お前が無理して倒れるのは、誰も望んでいないよ。」


仲間たちの温かい言葉に、健一は少しずつ肩の力が抜けていくのを感じた。彼らは健一の夢を尊重し、同時に健一が無理をしないように支えようとしてくれていた。その優しさに触れ、健一は初めて、自分自身を許すことができたように感じた。


「ありがとう。俺、ちゃんと自分のペースでやるよ。ライブも楽しみにしてるけど、無理をしないでやることにする。」


その言葉に、亮太も笑顔を見せた。「それでいいんだよ。健一が戻ってきてくれたことが一番嬉しいんだから。」


日が経ち、ライブの日が近づいてきた。健一は少しずつ家業の手伝いをしながらも、音楽とのバランスを取り始めていた。父も無理をしていないか時折健一を気遣うようになり、以前よりも健一に任せる部分を少しずつ減らしてくれていた。父との距離も少しずつ縮まりつつあった。


ある夜、健一は父と夕食を共にしながら、自分のこれからについて話す決心をした。


「父さん、俺、このまま音楽を続けながら、家業も手伝いたいと思ってる。音楽はやっぱり自分の夢だし、捨てたくない。でも、家のこともちゃんと考えてるから、少しずつやっていきたい。」


父は黙って健一の話を聞き、静かにうなずいた。


「そうか。お前が自分で考えたなら、それでいい。俺も、無理に家業を押し付けるつもりはない。音楽を続けながらでも、できる範囲で手伝ってくれればそれでいいさ。」


その言葉に健一は、父が自分を理解してくれていることを改めて感じた。父もまた、健一の夢を尊重してくれているのだ。家族の期待に応えるために音楽を諦めるのではなく、両立させる道を選ぶことができる。そのことに、健一は深く感謝した。


いよいよライブの日がやってきた。健一と仲間たちは、地元のライブハウスで演奏するために集まった。会場は多くの観客で賑わい、舞台の準備が進んでいた。健一はギターを手に、緊張しつつもどこか心地よい高揚感に包まれていた。


「さあ、行こうか。」亮太が声をかけ、メンバー全員が頷く。


ステージに立つと、健一はスポットライトの下でギターの弦を撫でた。観客の視線が集まり、音楽が流れ出す瞬間、健一の心にあった迷いや不安はすべて吹き飛んだ。ただ音楽に身を任せ、仲間たちと共に作り上げるサウンドに没頭していく。


曲が始まり、美咲の歌声が響き、真一のドラムがリズムを刻み、亮太のベースが低く響き渡る。健一のギターがその音を重ね、全てが一つに溶け合っていく。


健一はこの瞬間、すべてが正しかったと感じた。仲間と音楽を作り上げる喜び、家族との理解、そして自分の夢を追い続ける決意。それらがすべて一つになり、彼を支えていた。


ライブは大成功だった。観客たちは大きな拍手を送り、健一たちは最高の演奏を終えた後、ステージを降りた。亮太も真一も美咲も、みんな笑顔で健一を称え、互いに労をねぎらった。


ライブの後、健一は父のもとへ向かった。父はライブには来られなかったが、家で待っていてくれた。


「終わったよ、父さん。すごくいいライブだった。」


「そうか、よかったな。」父は短く答えながらも、どこか誇らしげに見えた。


「これからも、音楽を続けながら家業も手伝うよ。俺のペースでやるけど、ちゃんと両方大事にするから。」


父は健一を見つめ、静かに微笑んだ。「それでいいさ、お前が決めたなら。それが健一の生き方なんだろう。」


健一はその言葉を胸に、これからの自分の人生をしっかりと歩んでいく決意を新たにした。音楽への情熱と家族への責任、その両方を大切にしながら、健一は新しい未来へと向かっていくのだった。


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(第3話「音楽への情熱」完)

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