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「ええと……、失礼ながらそれは存じ上げておりますわ。だって見た目からしてそれほど筋肉がついているようには見えませんもの……。でも、それが何か問題なのですか??」
うつむいた頭に降ってきたその声に、ヴィアルドは驚きで顔を上げ目を丸くした。
「えっ!? え、君からしたらこんな弱々しく情けない男は嫌だろう……?? 王子のことがなくたって、私との婚約などお断りなんじゃ……??」
フラウベルがきょとんとした顔で、自分を見つめていた。
それに何の問題があるのかさっぱりわからないという顔で。
「そんなの気にしませんわ。ヴィアルド様はヴィアルド様ですもの! 私はあの日のヴィアルド様の優しさを好きになったのです。それに人の持てる力はそれぞれですもの。ヴィアルド様は魔力、私は武の力だっただけのことです……。むしろ私のほうが……」
フラウベルの顔が泣きそうに歪んだ。
「ヴィアルド様はむしろ私のように男よりもずっと強いパワー系令嬢なんてお嫌いですよね……?? かわいげがないどころかおそろしいとお思いでしょう……? こんな私と婚約なんて、したくありませんよね……」
目の縁いっぱいにたまった涙がこぼれ落ちないよう、フラウベルは必死にこらえていた。ここで泣いてしまったらきっとヴィアルドが困ると思って。
けれどヴィアルドの反応は予想とは反していた。
「まさか!! 君が強くなったのはそれだけ日々たゆまぬ努力を重ねてきたからなんだし、それを恥じる必要なんてどこにも……!! それより本当なのかっ!? こんな弱い私でも気にしないというのは……!!」
「そんなの当たり前です!! ずっと……ずっとずっと恋い焦がれていた方との婚約が嬉しくないはずありません!! どんなヴィアルド様だって大好きですわ!!」
思わずフラウベルの口から感情がほとばしった。なにせ長年ずっと心の中で育ててきた恋心なのだ。一度あふれ出したら止まらなくなった。
「大好きなんですっ!! ヴィアルド様のことが……寝ても覚めても、朝も昼も夜も好きで好きで仕方がないのですっ!! ずっと眺めていたいし、そばにいたいし、これから先もどんな時だって一緒に生きていきたいのですっ!!」
気がつけば、フラウベルは求婚していた。
そのことにはっと気づきこれ以上ないほど顔を赤らめ、はた、とヴィアルドを見やれば。
「え……と、あの……私ったら……つい。ヴィアルド様……?? あの……」
ふたりの間にしんと沈黙が起き、それは一体どういう意味の沈黙なのだろうと不安になった頃、ヴィアルドが口を開いた。
「私だって、君のことが好きだ……。好きで好きで、どうしても他の男には渡したくなくて……必死に唯一の取り柄である魔力を磨いてきたんだ。でもどんなに名声を得ても自信のなさは消えなくて、こんな弱い情けない男では君には釣り合わないんじゃないかと……」
フラウベルに引きずられるように、素直な気持ちがヴィアルドの口からぽろりとこぼれ落ちた。
「でもどうしてもあきらめきれなくて……思い切って婚約を申し入れたんだ。君に断られなくて本当に嬉しかった……。だからどうにかこんな情けない自分の秘密がばれなければ、と……!!」
もう迷いはなかった。魔力のほとんどを放出し切って頭がまるで動かないせいだろうか。ヴィアルドの感情もまた抑えきれず一気にほとばしった。
「だから……!! 君がどんなに強くたってかまわない……! たとえ私が最弱でも、君のことを自分の持てる魔力のすべてで守る……!! だから……これから先ずっと私のそばにいてほしいんだ!! だから私の妻になってくれ……!! フラウベル! 君が好きだっ!!」
なんてかっこ悪いんだろうか。こんなふうに感情に任せてまるで感情をぶつけるようにしか求婚できないなんて。もっとスマートに紳士らしくできないものか、と自分の不器用さと情けなさに苦笑いするしかない。
けれど祈るような気持ちでフラウベルの反応を待っていると。
「ヴィアルド様……? 本当ですの……?? 私……嬉しくて、嬉しくて……死にそうです……!! 大好きです……!! ヴィアルド様!! ヴィアルド様が望んでくださるのでしたら、このフラウベル。命の限り一緒におります!!」
フラウベルのすがるような目に、ヴィアルドの理性がぷつりと切れた。