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その声に魔力がピタリ、と凪いだ。
「……フラウベル? その声、フラウベルなのか……??」
「はい……!! フラウベルですっ。ヴィアルド様っ!! おけがは……おけがはございませんかっ!?」
フラウベルは床一面にガラス片だの木片だのが散らばっているのを気にもとめず、ひどい惨状の研究室の中でぽつんと佇むヴィアルドの元へと走り寄った。
その瞬間、フラウベルの体がふわり、と浮いた。突然のその不思議な感覚に、思わずフラウベルは目を瞬いた。
「きゃあっ……!!」
「あ……急にすまない。でも何か踏んだら君が足をけがしてしまう……!!」
ヴィアルドが自分にけがをさせまいととっさに浮遊魔法をかけてくれたのだと知り、フラウベルは嬉しさに思わず頬を染めた。
「あ……ありがとうございます……。ヴィアルド様……!!」
「いや……。でもどうして君がここに……??」
見つめ合うふたり。
おそらくはこれまでで一番近い距離で見つめ合っているであろうことに気が付き、互いに恥ずかしさと喜びで顔を真っ赤に染め目を背ける。
「私……あの噂をヴィアルド様が信じてしまわれたら、私との婚約を取りやめてしまわれるのではないかと心配になって、会いにきたのです……」
「心配に……? ということはあの噂は……?」
ヴィアルドの顔に、期待と不安が入り交じる。
フラウベルは頬を真っ赤に染めながら、おずおずと口を開いた。
「リューイッド王子とは幼い頃から良いお友だちですの……。よちよち歩きの頃から知っているんですもの。そんな対象ではありません……! それに私が好きなのは……」
「……?」
「私は……! 私は九才の時に迷子になった私を助けていただいた時からずっと、ヴィアルド様に恋をしているのです……!! 他の方なんて、……一瞬たりとも目に入ったことはございません……」
だんだんと小さく消えていくその恥ずかしそうな声に、ヴィアルドの口が信じられない、とばかりにあんぐりと開いた。
「九才……ということは、じゃああの時君も私のことを……??」
「え?? 君も、ってどういう意味ですの? ヴィアルド様??」
はた、とふたりは見つめ合いその意味するところに気が付き目を大きく見開いた。
「え? では私たちはあの時お互いに……??」
「ええっと……私はあの日君があんまりにもかわいくて天使のようだったから、どうしても忘れられなくて……。だからいつか君にふさわしい男になろうと……」
「私もです……! あの日から毎晩、ヴィアルド様にお会いできるようお祈りして……。ヴィアルド様を模した人形を作って毎晩抱いて眠っているくらいで……!!」
まさかの両思いに感激するあまり、ついヴィアルド人形のことまで口にしてしまったフラウベルはとっさに口を覆った。
いくらなんでも毎晩抱いて寝ているなんて、引かれはしないだろうかと。
けれど、ヴィアルドは。
「毎晩……抱いてっ!?」
その瞬間、ヴィアルドの鼻からタラリ……と鮮血が流れ出た。
鼻下を伝うその真っ赤な血に驚いたフラウベルは、持っていたハンカチを取り出してとっさに拭こうとポケットに手を入れたのだが――。
カチンッ!!
その硬質な音に、ヴィアルドとフラウベルの目が同時に床に向いた。
「あっ!?」
気づいた時には遅かった。床の上には、ポケットから滑り落ちたピカピカと光るよく切れそうなナイフがこぼれ落ちていたのだった。
身につけてきた、護身用のナイフが――。