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初めてのペア実技演習


 本日はジークヴァルトとペアを組んで初めての魔法実技演習の授業が行われる。

 訓練場に集められた生徒達の中でリーゼは密かに緊張していた。その隣には少し気だるそうにしているジークヴァルトの姿もある。


「では、本日の課題を発表する。今日は初回なので比較的簡単なものだから安心していいぞ」


 言って、講師が取り出したのは四枚の硬質なカードだった。

 赤、青、緑、黄色にそれぞれ色分けされている中から、講師は赤のカードを右手に構える。


「我々が使用する魔法の属性は全部で七つ。その中で基本となるのが火、水、風、土の属性だ。このカードはその四つの属性にそれぞれ反応するように出来ている――《小さき炎よ、顕現し、対象を焼き尽くせ》」


 瞬間、講師の持つ赤のカードから炎が上へと噴き出した。天井に届きそうな火柱が周囲を照らす光景に生徒たちがどよめく。しばらくすると炎の勢いは弱まっていき、講師の手には赤のカードがそのまま残った。焼け焦げた様子もない。


「今のは火の基礎攻撃魔法だな。このカードは一定以上の魔力を込めないと魔法が発動しないという練習にはうってつけな代物だ。今日はこのカードを使って、四属性の魔法テストを行なう」


 講師が指をぱちりと鳴らすと、訓練場内の壁際に円柱の形をした的がいくつも生成された。数は十本。等間隔に並んでおり、どうやら各ペアに一つずつ割り当てられているようだ。


「ルールは簡単。一定の距離から基礎攻撃魔法を行使してあの的に攻撃を当てること。四つの属性全て当てられたら合格。ペア両方共が合格したら残りは自習にして構わないぞ」


 そう説明した講師に対し、生徒の一人が少し小馬鹿にしたような表情で手を挙げた。


「先生、この課題は流石に簡単すぎるのでは? いまさら基礎魔法なんてレベルの低いことをしなくても――」

「ほう? そこまで言うなら君に手本を見せて貰おうか?」

「! ええ、構いませんよ。この位置からでいいんですよね?」


 自信満々に答えたのはクラスでも実技成績上位の男子生徒だ。彼は講師から赤のカードを受け取ると、リーゼたちから離れて的である円柱から約十メートルほどの位置に立つ。そして意気揚々とカードを手前に突き出しながら詠唱を開始した。


「《小さき炎よ、顕現し、対象を焼き尽くせ》――ッ!? な、何故だ!? 何故顕現しない!?」

「いや、先に言っただろう? 一定以上の魔力を込めないと魔法が発動しないって」


 この結果を予想していたのだろう、講師が意地悪く笑いながら生徒全体を見回すように口を開く。


「基礎魔法は消費魔力が少ない。だからこのカードに働きかけて魔法を発動させようとするならば、それ相応の魔力コントロールが要求されるってわけだ。一応言っておくが、見境なく魔力をつぎ込んでも無駄だぞ。あらかじめカードに細工がしてあるからな」


 その言葉に生徒たちの表情が硬くなる。一回生の頃と比べると明らかに実技演習の質が違う。

 今までは単純な魔法の発動種類や速度、威力の向上などが課題になることが多かった。だが二回生からはより高度かつ精密な魔力運用が要求されるということだ。力押しで合格できるような難易度ではない。


「それじゃあ、ペアになって始めてくれ。分からないことがあれば遠慮なく訊ねてくれて良いぞー」


 どこか暢気な声音が訓練場に響く中、生徒はそれぞれペアになって早々に移動を開始した。課題の難易度を考えると時間が惜しいのだろう。リーゼもジークヴァルトと共にカードを受け取ると割り当てられた的を狙うための位置に立つ。


「とりあえず、私から試してみてもいいですか?」

「ああ」


 ジークの許可を得てリーゼは青のカードを手に取った。四属性の中でリーゼが最も得意とするのは水属性である。一呼吸おいて、リーゼはカードに魔力を込めつつ丁寧さを心がけて詠唱する。


「《小さき水よ、顕現し、対象を呑み込め》」


 魔法発動の確かな手応えを感じた刹那、カードから水流が的に向かって発射された。無事に的へと届いたのを確認して思わずホッとする。


「……綺麗な魔法だな。魔力の流れが静かで無駄がない」


 隣で見ていたジークヴァルトがぼそりと呟く。

 褒めて貰えたのだと認識してリーゼは思わず破顔した。


「ありがとうございます。でも、自信があるのは水魔法ぐらいです。他は上手くいくかどうか」


 本心だった。特に火属性の魔法はリーゼが苦手とするところだ。

 見れば自分より成績上位の生徒達もだいぶ苦戦を強いられている様子なので、四つ全て合格は流石に厳しいと言わざるを得ない。


「出来る限り努力しますが、時間内に合格できなかったらごめんなさい」

「それは別に気にしなくていい。誰にだって得手不得手はある」


 てっきり嫌な顔をされるかと思いきや、ジークヴァルトの態度は淡々としていた。

 さらに彼はジッと手に持った三枚のカードを見つめると、


「じゃあ、次は俺がやってみるから」


 言って、リーゼの返事を待たずに円柱の的と相対する。

 そして彼は左手に黄色――つまり土属性のカードを掲げた。


「《小さき土よ、顕現し、対象を打ち砕け》」


 瞬間、黄色のカードから拳くらいの大きさの土塊がいくつか発射され、円柱にぶつかって砕けた。

 完璧な魔法発動に流石だなぁとリーゼが感嘆したのも束の間、


「《小さき風よ、顕現し、対象を切り裂け》」

「ッ!?」


 いつの間にかジークヴァルトはカードを緑のものに持ち替え、間髪を容れずに魔法を発動。風は刃となって円柱を切り裂くように当たった。僅かに円柱が削られるのが目に入る。


「《小さき炎よ、顕現し、対象を焼き尽くせ》」


 続いて火属性の基礎攻撃魔法が繰り出され、見事円柱に焦げ跡を残した。


「リーゼ、青のカードくれ」

「あ、はい!」


 そして彼は難なく円柱を水浸しにしてみせた。四属性合わせて僅か数分間での出来事だった。

 ジークヴァルトはなんでもないような顔をして、リーゼに青以外のカードを手渡してくる。いや、彼からすれば本当に何でもないことなのだろう。明らかにレベルが違い過ぎる。その証拠に視界の端では呆気に取られている生徒たちの姿が見受けられた。


(ここまで実力差があると、嫉妬する気も起きないんだなぁ)


 リーゼは苦笑しながら三枚のカードに目を落とす。せめて彼の足を大きく引っ張らないよう、風と土の魔法は成功させたいところだ。

 そう考えて所定の位置につこうとした時、ジークヴァルトが不意に声を掛けてきた。


「アドバイスとか必要か?」

「えっ!? い、いいんですか?」

「いいも何も、ペア実習ってそういうもんだろ? 余計な世話なら口は出さないけど」

「迷惑だなんて! ぜひお願いしたいです!」


 嬉しい提案にリーゼが笑顔で応じると、ジークヴァルトの表情も少しだけ柔らかくなる。

 今までの言動からもっとドライな人かと思っていたが、意外と親切で世話焼きなのかもしれない。


「とりあえず残り三つの基礎攻撃魔法を使ってみてくれ。ただし、カードは使わずに」


 言われた通りにリーゼは順番に魔法を行使していく。火属性の魔法だけは苦手意識からか、少し出力調整を誤って想定よりも大きな炎になってしまったが、概ね問題なく発動させることが出来た。


「発動に問題はないな。水属性の時の要領を忘れずにやれば、風と土は二、三回やればたぶん成功するだろう。問題は火属性だが――」


 それからジークヴァルトのアドバイスのもと、リーゼは円柱に向けて何度も魔法発動を試みた。幸いにも魔力量には自信があるし地道な練習は得意な方だ。

 風、土の魔法はジークヴァルトの見立て通り三回以内に成功。しかし残る火属性は苦戦を強いられ、十数回ほどの繰り返しを余儀なくされる。

 授業終了まで残り少ない時間の中、それでも諦めずリーゼは一つ一つ丁寧に魔法を発動させようと努力した。その結果、


「――《小さき炎よ、顕現し、対象を焼き尽くせ》……ッ! やった!!」


 なんとか時間ギリギリですべての魔法発動を成功させることが出来たのだった。

 成功した瞬間に思わずジークヴァルトの方を振り返れば、彼はこちらを見ながら優しい笑みを浮かべていた。


(……こういう顔も、するんだ)


 自分に対して向けられたその笑顔が、なんだかとても眩しく感じられた。


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