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一年間の実技ペア決め


 言うまでもないが、学生の本分は学業である。


「二回生からは基本的に実技をペアで受けて貰うことになる。これは魔法による単独事故を防ぐ意味合いと協調性を養う目的からだ」


 教壇に立つ講師の言葉を聞きながら、リーゼは内心焦っていた。

 今は魔法実技演習の初回授業中である。二回生からは実技が増えると聞いてはいた。だが、まさかペアを組まされるとはまったくの想定外。


(……というか、私とまともにペアを組んでくれる生徒とかいるんだろうか)


 所属するAクラスどころか、二回生全体で平民出身者はリーゼのみだ。

 必然的にペアを組む相手は貴族になるわけだが――


(この学院、選民思想強すぎてまともに会話できる気がしない……)


 もともと魔法を行使できるほどの魔力を持つ存在の大半は、貴族の血筋に連なる者達だ。

 つまり魔法は貴族の専売特許。

 時折、平民の中にも優れた魔力を持つ者が生まれてくるが、その大半は碌な教育も受けることなく一生を終える。近年ではその才能を無駄に枯らすことは国の損失であるという方針の下、平民出身者にも少なからず学院の門戸は開かれるようになっているが、それでも長年培われてきた思想というのは根深いものだ。

 ゆえに未だ平民出身者に対する風当たりは強い。


「……先生! そのペアというのは具体的にどう決めるのでしょうか?」


 一人の生徒から上がった質問に講師はニヤリと口もとを歪める。


「それは勿論、両者合意の上で自発的に組むんだよ。協調性を養う目的だと説明したばかりだろう?」


 その言葉に周囲が如実に色めき立った。Aクラスの生徒は全部で二十名。つまり十組のペアが出来る計算だ。二回生の中では優秀な二十人ではあるものの、やはり優劣は明確に存在する。


 実技に自信のある者は選ぶ側へ、自信の無い者は選んで貰う側へ。


 各々が最良のパートナーを得るために頭を働かせ始めたのが空気から伝わってくる。

 その一方でリーゼはある意味、とても気楽になった。


(つまり私のパートナーは最後までペアからあぶれた人ってことだな……余り者同士、多少は仲良く出来ると嬉しいんだけど)


 望みは薄そうだが、もしかしたらということもある。

 どちらにせよリーゼに出来ることはペア相手と共に実技で少しでもいい成績を残すことだ。

 最悪、足さえ引っ張られなければ誰でも構わない。


「では、これより授業終了までの間に各自ペアを組むこと。ペアになった者から私に報告、その後は退出して構わない」


 そんな講師の号令で生徒たちが席を立ち始める。

 幸いにもリーゼの席は教室の端の方のため邪魔になることはないだろう。

 とりあえず最後の一人が残るまで静かに成り行きを見守るべく、暇つぶしも兼ねて読書でもしようかと鞄を漁ろうとした――その時、


「リーゼ・リール……で、良かったか?」


 突然左隣から自分の名前が聞こえてきて、思わず顔を上げる。

 そこには頬杖をつきながらこちらを見据える黒髪黒目の青年の姿があった。リーゼは瞠目しつつも、問われた言葉を反芻し頷き返す。


「はい、そうですが……何か御用でしょうか? えっと……シュトレーメル伯爵令息?」

「ジークでいい。なあ、アンタ実技のペア組む相手もう決めたか?」

「え? いえ、まだですけど」

「なら俺と組まないか?」


 驚きすぎて顎が外れるかと思った。

 それは周囲も同様だったようで、ジークヴァルトの発言に近くに居た生徒たちが「嘘」だの「そんな」だの悲鳴のような声を上げている。そういえばジークヴァルトは実技の成績トップだった筈だ。当然、彼とペアを組みたい者は多く居ることだろう。


「……あの、理由をお聞きしても?」


 本当は一も二もなく飛びつきたい誘いだが、リーゼは慎重に言葉を選んだ。

 座学ならいざ知らず、リーゼの実技の成績はこのクラス内だと明らかに下位である。彼ならば敢えてリーゼなど選ばずとももっと上の実力者と組めるはずだ。ならば、何か別の理由があると考えるべきである。

 リーゼの返しに、ジークヴァルトは少し考えた後でこう答えた。


「静かだから」

「……はい?」

「アンタの隣は静かだから。どうせ組むなら煩くない相手がいいと思って」


 なるほど、とリーゼは納得する。それと同時に嬉しいという気持ちが芽生えた。

 だって自分が彼の隣の席を選ぶ理由もまた、同じだったから。


(この人とは……うまくやっていけそうな気がする)


 リーゼは自然と顔をほころばせながら、そういうことならとジークヴァルトに右手を差し出す。


「では、一年間よろしくお願いします。私のことはリーゼと呼んでください。私もお言葉に甘えてジークと呼ばせて貰いますので」

「――ああ、よろしくな……リーゼ」


 こちらの手を握り返す彼の表情がそこで僅かに緩んだ。途端にグッと親しみやすくなって、リーゼはさらに笑みを深める。

 だが、そんな二人の和やかな雰囲気に水を差す者がいた。


「まぁ! シュトレーメル様ったら何故わざわざ平民なんかとペアを!?」

「おいおい止めておいた方がいいぞ? そいつ、座学はともかく実技はこのクラスでも下位だしな」

「そんな子と組むくらいならば、わたしとペアを組みませんこと? 後悔はさせませんわよ?」


 見れば、声を上げた顔ぶれはこのクラスの実技成績上位の男女である。

 おそらくジークヴァルトとペアを組むことで首席を狙いたいのだろう。リーゼはそろりとジークヴァルトの反応を窺う。もしかしたら前言を撤回されるのではないかと。だが、


「……あー、うるせぇ」


 その低い声だけで杞憂だったと理解する。彼は話しかけてくる男女を完全に無視すると、リーゼの手を取ってさっさと歩き出した。向かう先は当然、講師のもとである。


「ジークヴァルト・シュトレーメル。こっちのリーゼ・リールとペアを組みますので承認を」

「おっ!? おお、シュトレーメル君か。君の才能には学長も大いに期待しているよ」

「どうも」

「しかし君のペアはリール君か……なるほどねぇ」


 講師はリーゼの顔を見ながら興味深そうに目を細める。一回生の時にもお世話になったこの講師は、貴族出身者の中では比較的選民思想が薄く、苦学生であるリーゼを何かと気に掛けてくれていた。


「リール君、君に足りないのは実践経験だからね。シュトレーメル君の魔法を間近で見るのはいい勉強になると思うよ。存分に励みなさい」


 その優しい言葉にリーゼの胸が温かくなる。

 二回生になってから不運続きだったが、たまには良いこともあるものだ。

 俄然、実技の授業が楽しみになったリーゼは講師に対して「頑張ります」と晴れやかな笑顔で返した。


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