賭けの行方【1】
あの後、リーゼはガブリエラや他の従業員達にひたすらに謝った。
ジークヴァルトが駆け込んできた時に娼館内はだいぶ騒々しくなったのもあり、他の客を宥めるのにも一苦労あったと容易に察せられたからだ。
しかし皆一様に「気にしなくていい」と笑い飛ばしてくれた。そしてその上で客とトラブルを起こしたリーゼのことを心配してくれた。
なお、フェリクスとのやりとりから詳細はともかく何か推測するものがあったのだろう。ガブリエラだけは二人になった時にこっそりと声を掛けてきてくれた。本当に大丈夫なのかと。
その優しい気持ちだけ受け取ってリーゼは「大丈夫」と力強く頷いてみせた。
するとガブリエラは子供を見守る母親のような目をしながら、
『女はここ一番の勝負だけは外しては駄目よ? 賭けには絶対に勝ちなさいね』
リーゼの背中を押してくれたのだった。さらに彼女はこう付け加える。
『まぁ確かに私が心配しなくても、あの黒髪の坊やが傍にいてくれるものね?』
揶揄うような口調にリーゼは俯いて赤面を隠すしかなかった。
ちなみにあの日、何故あのタイミングでジークヴァルトが駆けつけて来れたのかというと。
予想はしていたが魔道具であるリボンが関係していた。
聞けばリボンに掛かった守護の魔法が発動すると、同時にジークヴァルトにもそれが伝わり、おおよその位置が分かる仕組みになっていたらしい。
『合同演習の時にお前、行方不明になっただろ? だから何かあった時に今度は絶対見つけられるようにって作ったんだが……ちゃんと役に立ったな』
そう言った顔がどこか満足げだったのに対して、リーゼは罪悪感でいっぱいだった。
そんな凄い魔法が付与された貴重な魔道具をたった一週間で文字通り灰にしてしまったのだ。
青い顔をして何度も詫びるリーゼだったがジークヴァルトは全く気にする様子はなく、むしろ近いうちに新しいものを用意すると宣言した。
『お前のためだけじゃなくて、俺のためにも貰ってくれ』
そう言われてしまえば断ることなど出来る筈もなく。
リーゼは頬を赤らめながら了承したのだった。
――そうして、あの夜から八日後。
リーゼはジークヴァルトと共にアルテンベルク王立魔法学院内にある訓練場を訪れていた。
学院自体は既に短い春季休暇に入っているため、道中も人の姿はほとんど見かけなかった。
「……ああ、時間通りだね」
鷹揚に出迎えたのは無論、フェリクスである。
そう、今日はリーゼとフェリクスの間で交わされた賭け、その履行日だった。
賭けの内容が魔法による模擬戦ということから、安全対策のため事前に学院側に使用許可を取った訓練場で行なう運びとなったのである。
制服姿のリーゼ達に対して既に卒業しているフェリクスは仕立てのいい私服姿だった。
たった一学年しか違わないが、こうして対峙するとやはり彼は自分より遥かに大人なのだと強く認識させられる。
「お待たせしました、先輩。……すぐに始めますか?」
「――いや、その前に少しだけ話をしようか」
フェリクスはそこでリーゼの横に並ぶジークヴァルトへ視線を向けた。
「出来れば君には少し席を外して貰いたいんだが」
「この状況で通ると思うか、その要求?」
憮然と返すジークヴァルトには今日の立会人を頼んでいた。本来的には無関係な第三者を入れるべきであるが、賭けの内容が内容のため秘密裏に決着を付けたいのは互いの望むところ。
また、訓練場内で行なうとはいえ真剣勝負となれば思わぬ怪我に繋がることも十分考えられる。
そうした場合においてもジークヴァルトであれば大抵のことは解決出来るだろう。
「はは、言ってみただけだよ。ところで例の条件については信じていいんだよね?」
例の条件というのは、ジークヴァルトがもし模擬戦中にリーゼの手助けをした場合、賭けは自動的にフェリクスの勝ちになるというものだ。
「ああ。こいつがその条件で提示してるからな」
「……なぁシュトレーメル。君、本当にリーゼが僕に勝てるとでも思ってるのか?」
「アンタこそ、あんまりこいつを舐めてると痛い目見るんじゃねぇの?」
ニヤリと口角を上げるジークヴァルトへフェリクスは探るような視線を寄越す。だが、すぐに気持ちを切り替えるようにして今度はリーゼの方へと顔を向けた。
「リーゼ」
「はい」
「引く気は?」
「ありませんよ。私は絶対に先輩には負けません」
「……そう、分かった」
フェリクスはふぅと溜め息を吐いた。
「ならお望み通り全力で負かしてあげるよ。……ああ、もしかして口実が欲しかったとか? 君自身が僕の提案を受け入れがたいのは分かるしね」
抵抗の末に賭けに負けて仕方なく囲われたという体であれば、確かにリーゼが望んだことではないので王女殿下への罪悪感も薄れる。フェリクスの言いたいことはおそらくそういうことだろう。
だがリーゼはきっぱりとそれを否定する。
「見くびらないでください。私は私の未来を自分で決めるためにここに来ました」
そもそもフェリクスの提案を受け入れることは心情的な部分を除けばデメリットは少ない。
次期公爵家当主の愛人ともなれば生活は保証され、おそらく魔法士として働くよりもずっと危険のない穏やかな生活を送ることが出来るだろう。彼にはそうするだけの力がある。
そしてきっと、フェリクスはリーゼのことを心から愛してくれる。その気持ち自体はもう疑っていない。流石にここまでしておいてすぐに飽きるなんてこともないだろうし、仮に飽きたとしても一生面倒をみてくれるだろう。普通の平民には望むべくもない裕福な暮らしを。
(でも、そんな関係になるのは嫌だ)
リーゼはフェリクスとは立場は違っても気持ちは対等でありたかった。決して囲われるだけの存在に成り下がりたくない。歪な主従関係が結ばれていたこの一年間を思い出せば出すほど、そう強く思う。だって――
(だって私はきっと――先輩のことが好きだから)
恋とか愛とか関係なくフェリクスのことが好きだから。
下僕だなんだと言いつつ、ちゃんと自分たちの心は対等で――それが嬉しかったから。だから。
「正直、この間の発言にはたいそう失望しました。だから私は正々堂々と賭けに勝って、あわよくば先輩を一発殴ります!」
グッと拳を握りしめながら、リーゼはそう高らかに宣言した。




