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告白


 生徒会室での最後のお茶会以降、フェリクスはまた学院に来なくなった。どうやら婚約者である王女殿下の要望もあり、結婚式の準備や爵位継承の前倒しなどを進めているらしい。

 当然ながらブルーリリウムにも顔を出すことはなくなったため、必然的に彼との接点は消滅した。

 そのことを寂しいと思うのと同時に、どこか安堵している自分もいる。


 たぶん、いや、きっと……リーゼは自分でも気づかないうちから、フェリクス・フェルゼンシュタインという人間に惹かれていた。


 傲慢で人使いが荒くて、手段を選ばない強引さに最初は辟易とさせられたけれど。彼は本質的には優しかった。そして困っていると躊躇なく手を差し伸べてくれるような、そんな行動力のある人だった。合同演習の時も、不眠で悩んでいた時も、フェリクスのおかげで乗り越えることが出来た。


 この胸を焦がすような気持ちが恋愛感情なのか、はたまた別の類の感情によるものなのかは正直なところリーゼ自身にも未だ判断がつかない。

 それでもリーゼにとってフェリクスが特別な存在であることだけは間違いなかった。


(でも、だからこそ……これ以上この気持ちを育ててはいけないんだ)


 そもそも彼自身が名門公爵家の次期当主で、さらに王女殿下という素晴らしい婚約者までいるのだ。もしリーゼが分不相応な恋心を抱いたところでフェリクスにしてみれば迷惑以外の何物でもないだろう。

 だからせめて使える後輩が居たとか、悪くない平民だったとか。

 そんな風に記憶の片隅にでも残ってくれればいい。

 

(――いつかきっと、先輩との日々をいい思い出だったって笑える時がきっと来る)


 そんな想いを抱きながら、リーゼは今まで以上に学業にも仕事にも精を出した。

 特に生徒会での物理的な拘束時間が減った分、魔法の自主訓練は毎日欠かさず行なった結果、土属性の基礎魔法や水属性の中級防御魔法まで無詠唱で行使することが可能となっている。並行して光属性の治癒魔法も回数を重ねるうちに精度が上がり、今では中級治癒魔法も完全に習得していた。


 ちなみにジークヴァルトが時折、自主訓練に付き合ってくれている。彼の指導あっての躍進なのは疑いようもなく、ペア実技演習では一位を取るのがもはや当たり前になっていた。


 そんな忙しない日々を送る中、リーゼは新生徒会長からフェリクスが国家公認魔法士試験に合格したことを聞かされた。合格の知らせを本人から直接聞くことが出来なかったのは残念だったが、素直に喜ばしいと思った。しかも首席合格だったらしく、なんとなく誇らしい気持ちになってしまう。


 新生徒会長のおかげで、生徒会の他のメンバーとも衝突することなくやっていけている。

 この調子ならば三回生に上がる頃には自分の手も必要なくなるだろう。またひとつ、フェリクスとの繋がりが消える日も遠くない。


 そう、時の流れは優しいまでに残酷で。

 リーゼは少しずつフェリクスへの気持ちを自分なりに消化していった。


 そうしているうちに冬季休暇も終わり、二回生最後の期末試験も恙なくこなし。

 三回生の卒業式を来週に控えた今日はジークヴァルトとペアを組む最後の実技演習の日でもあった。


「では次のペア、始め!」


 最終課題は四属性の中級攻撃魔法と防御魔法を適宜行使しながら、二人で協力して障害物を避けながらターゲットとなる的を破壊しゴールのタイムを競うという、非常にシンプルなものだった。


「俺は右側をやるからリーゼは左を頼む」

「うん」


 開始後にジークヴァルトと交わした言葉はそれだけだった。この一年間の集大成。だけどリーゼは何の不安も迷いもなかった。ジークヴァルトの腕を疑う必要は当然ない。そしてそれと同じだけ、ジークヴァルトが認めてくれた自分の魔法を信じられる。


 ターゲットの数は全部で二十。有効な属性がそれぞれ決められているので、指定通りの属性で的確に打ち抜いていく。同時に邪魔をしてくる障害物から防御魔法で身を守る。

 最も苦手だった火属性も、


「《猛き炎よ、我が意思に従い、その姿を変え、燃え盛る矢となり、我が敵を打ち貫け》」


 こうして危なげなく行使するまでに成長した。

 チラリと隣を見れば、ジークヴァルトは完全無詠唱で障害物を無力化しターゲットを次々と破壊している。その姿は今のリーゼの目標でもある。あまりにも高い壁だ。けれど諦めるつもりはない。


 一年前の自分なら、目指すこと自体を烏滸がましいと感じていただろう。

 だからこそリーゼは今の自分が好きだ。フェリクスとの出会いと同じくらい、ジークヴァルトとの出会いはリーゼを変えてくれた。


(――これで、最後!)


 風の刃で二十個目のターゲットを切り刻み、リーゼ達は悠々とゴールした。


「お疲れ」

「そっちこそ」


 ジークヴァルトと笑みを交わし合いながら、リーゼは額に滲んだ汗を腕で拭った。

 自分の実力をきちんと発揮出来たという満足感と、魔力消費による心地よい疲労感が全身を包み込む。

 そんな二人のタイムは、歴代の記録を大きく塗り替えるものだった。



 その日の放課後、リーゼは珍しく自主訓練はせずにジークヴァルトと共に下校することとなった。

 というのもジークヴァルトから大切な話があると言われたからだ。


「えっと、場所はどうする? またうちに来る?」

「……いいのか?」

「うん。狭いところだけど落ち着いて話をするならそっちの方が良いよね」


 そんなやりとりを経て、現在。

 部屋で向かい合って座りながら、お茶を出し終えたリーゼが先に話題を振った。


「改めて、一年間ペアを組んでくれてありがとう。ジークのおかげで本当に楽しかった」

「それはこっちの台詞だろ。お前がペアで俺の方が助かった。ありがとな」


 柔らかく目を細めたジークヴァルトに照れ臭くなりながら、リーゼも笑みを返す。

 

「先生たちからも凄く褒められたよ。この調子なら魔法士の試験も問題なく合格出来るだろうって」

「当然だろ。むしろお前が受からなくて誰が受かるんだよ」

「ジークは受かるでしょ?」

「俺は例外。師匠も言ってたが無詠唱が使える治癒適性の魔法士を不合格にするようならこの国は終わりだっての」


 さらりと言い切ってから、ジークヴァルトは供された紅茶で喉を湿らせる。

 そして一息つくと、リーゼの目を真っ直ぐに見据えた。


「リーゼ」

「……なに?」

「俺はお前のことが好きだ」


 全く予想していなかったと言えば、嘘になる。

 一年間、彼の隣に居たから分かるのだ。態度や表情が他の人に向ける者と違う。空気が柔らかくてどこか甘い。ふとした時に目が合う。些細な変化にも気づいてくれる。

 そうやって積み重ねてきた時間の重みが気持ちを育てるのだと今のリーゼは知っている。


「……ありがとう」


 最初に出た言葉はそれだった。ジークヴァルトの気持ちは本当に嬉しい。

 だからこそリーゼは嘘偽りない返答をする。


「私もジークのことが好きだよ。ただ、それが恋とかそういう意味での好きなのかは自信がないし同じ想いを返せるかも分からない」


 ジークヴァルトはリーゼにとってかけがえのない友人で、恩人で、自分を変えてくれた特別な人だ。

 そしてこれからも一緒に居られたらと切に願っている。でもこの気持ちが恋じゃないなら彼の気持ちに応えることは不誠実だとも思う。


「ごめん、こんな優柔不断な答えで……幻滅したよね」


 この年にもなって自分の気持ちに確信が持てないなど、幻滅されても仕方がない。

 そう思っての発言だったがジークヴァルトは首を小さく横に振った。


「いや、むしろ安心した。正直友達としてしか見れないって言われることも考えてたからな」


 それに、と彼は手を伸ばしてテーブルの上に出ていたリーゼの手、その指先にそっと触れる。

 そのままぎゅっと指を絡め取られてリーゼは目を大きく見開いた。


「まったく意識されてないってわけじゃなさそうだし、十分勝算もあるかなって」

「っ!」


 触れた部分の熱がじわじわと全身に伝播していく。心臓が急激に鼓動を速める。

 恥ずかしくて逃げたい気持ちが溢れ出して止まらない。なのに身体はろくに動かないし視線を逸らすこともままならない。


「……俺に触られるの、嫌か?」


 その質問はズルいと思いながらも、リーゼは首を大きく横に振る。

 すると彼は殊更嬉しそうに相好を崩した。


「別に今すぐに答えが欲しいわけじゃないから。ゆっくりでいい。俺は俺でお前に好きになって貰えるように努力する」

「っ……ジーク、私は」

「もう一度言う。俺はお前が好きだ。だからお前も……俺のことを好きになってくれ」


 あまりにも直球過ぎるジークヴァルトの猛攻に、全身を真っ赤に染めたリーゼはもう何も言えなかった。


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