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下僕(ペット)扱いってどういうことですか?


 フェリクス・フェルゼンシュタインとの予期せぬ邂逅から明けて翌日の放課後。

 今後の詳細について改めて話がしたいというフェリクスの要望により、リーゼは生徒会室へと足を運んでいた。


「ああ、逃げずにちゃんと来たね? えらいえらい」

「それはまぁ、私も進退が掛かってますので……」


 相変わらず柔和な表情とは裏腹に皮肉が強い。溜め息を吐きたい気持ちをグッと堪えながらリーゼは勧められた応接ソファーに腰掛ける。初めて入室したが、生徒会室という言葉から想像するような内装ではなかった。どちらかというと個人所有の執務兼応接室といった造りのようだ。

 向かい側に腰を下ろしたフェリクスは、特に前置きすることもなく本題に入った。


「リーゼ・リール。本学院の二回生。平民出身の特待生で座学は常に上位三位以内、魔力量も平民とは思えないほど多く、特に光属性の適性が高い――このプロフィールに間違いは?」

「ありません」

「現在は一人暮らしとのことだが、両親は」

「母は入学直前に病で亡くなりました。父は最初からいません」

「そう……では娼館に居た理由は」

「生活費を稼ぐためですね」

「何故、敢えて娼館で? 働くにしてもリスクが高すぎるだろう。バレたら一発で退学だ」

「それでも学業と両立させた上で生活を維持するためには必要だと判断しました。いくら学費免除とはいえ、教科書や制服、文房具類なんかも平民からすれば十分高額ですので」

「……念のために訊くけど、娼婦として働いているわけじゃないんだよね?」

「ええ、誓って裏方仕事だけですよ。計算が得意なので事務処理なんかがメインですね」


 既にバレてしまったものは仕方がないのでリーゼは特に隠すことなく正直に返答する。

 その間、フェリクスはこちらから視線を一切外さなかった。アイスブルーの瞳はすべてを見透かすかのようで大変居心地が悪い。というか圧倒的美形に見つめられること自体が心臓に悪い。逃げたい。

 そんなリーゼの葛藤など知る由もなく、


「――うん、いいね。君は無駄口を叩かないし頭の回転も速い。そして何より僕に媚を売ってこない。合格だよ」


 ある程度の質疑応答の後、フェリクスはそう言ってどこか満足げに笑った。

 ぶっちゃけ嫌な予感しかしないが流れ的に話を促すべきだと判断し、リーゼはおずおずと口を開く。


「あの、その合格って、もしかしなくても昨日の話と繋がってます……よね?」

「当然。そういう察しのいいところも実に僕好みだなぁ」

(う、嬉しくない……っ!!)


 思わず顔を顰めれば、それさえも愉快とばかりにフェリクスは目を細めた。


「じゃあ、具体的な話に移るとしようか。今現在、僕は君の弱みを握っているわけだけど。それを黙っていてあげる条件として君には僕の下僕(ペット)になって貰おうと思う」

下僕(ペット)って……先輩はそういう趣味をお持ちなんですか? 若いのになかなか性癖を拗らせ――」

「ふぅん? 君はそういう風に受け取るわけか。まぁそういう趣向で君と遊ぶのも面白そうだし今すぐにここで試してみる?」

「すみません言葉遊びが過ぎました! ……それで結局、私は何をすればいいんですか?」


 核心を求めるリーゼの問いに、フェリクスは優雅に長い足を組み直しながら答えた。


「簡単なことだよ。君には僕が卒業するまでの一年間、僕の傍で忠犬のごとく尽くして貰う」

「ちゅうけん」

「そう、忠犬。だから下僕(ペット)ってわけだ」


 いまいちピンとこないリーゼに微笑み掛けながら、フェリクスは説明を続ける。


「知っているとは思うけど、僕は公爵家の嫡男で生徒会長だ。当然ながら多忙を極めている。しかし下手な人間を傍に置けば妙な憶測が飛ぶし政治的な派閥も絡んで面倒事も多い。少しでも隙を見せれば何をされるか分かったものじゃないしね……そこで、平民の君の出番という訳だ」

「……まぁ、確かに私のような平民に派閥も何もあったものじゃないですね」

「おまけに君はなかなか優秀だ。そして弱みを握っている以上、裏切られる心配もない。これほど便利な駒が手に入るとは、僕は幸運の女神に愛されているのかもしれないね?」


 ナチュラルに人を駒扱いしてくるフェリクスにリーゼはがっくりと肩を落とした。

 これから一年間もこの男の事情に付き合わされると思うと億劫で仕方がないが、断る術は生憎と持ち合わせていない。依然として主導権は握られたままだ。


「…………とても不本意ですが話はだいたい理解しました。とりあえず先輩の指示に従います。ですが生活費は今後も稼がなければならないので、仕事は優先させて貰えるとありがたいです」

「それは当然考慮するよ。その代わり、昼休みや予定の無い放課後は基本的に僕のところに来るように」

「……えっ!? 昼休みもですか? どうして?」


 放課後だけでも十分面倒なのに何が悲しくて憩いの昼食時にこの男と顔を合わせなければならないのか。そんな感情が顔に出ていたのだろう。フェリクスはこちらを面白がるように片眉を上げた。


「女子からここまで嫌がられるのは新鮮だな。君を昼休みに呼ぶ理由は令嬢避けの為だよ」

「れいじょうよけ」


 また妙な言葉が飛び出してきたなとリーゼは目を丸くする。


「僕には婚約者も恋人も居ないからね。あわよくば、を狙った令嬢が毎日のようにランチを一緒にと押しかけてくるわけ。生徒会長って肩書の手前あまり無下にも出来ないから正直面倒で仕方がない」

「っ……そ、それだけ人望があるってことじゃないですか! 生徒会長として期待に応えるべきでは!?」

「ギラギラした肉食獣を前に食事をする身にもなりなよ、確実に不味くなるから。その点、君が傍に居ればご令嬢方も話し掛けづらいだろう? もちろん協力してくれるよね?」


 額面通りに取ればお願いだが、実際は無慈悲な命令である。

 逆らえないリーゼは嫌々ながらも首を縦に振る他なかった。胃が痛い。


「……あの、ちなみに私からも聞きたいことがあるんですが」

「ん? いいよ、何?」

「どうして先輩は昨日、ブルーリリウムに? あと、なんで私の正体にすぐ気づいたんですか? 一応変装してたんですけど……」

「あの場に居たのは父の仕事の絡みだよ。接待みたいなもの。あ、別に女は抱いてないよ?」

「いやそういうのは別に言わなくていいのでっ!!」

「ははっ、娼館勤務の割には初心だなんて可愛いところもあるじゃないか」


 生々しさを伴う発言に顔を赤くすれば、フェリクスもここぞとばかりに揶揄ってくる。

 やはりこの男、なかなかに性質が悪い。きっと世のご令嬢たちはこの見た目にすっかり騙されているのだろう。


(まぁ昨日までの私も、すっかり騙されていた側ではあったけども……)


 出来れば一生知りたくなかった事実を前に遠い目をするリーゼを他所に、フェリクスの言葉は続く。


「ちなみに君の正体に気づいた理由だけど、生徒会長として特待生の顔と名前ぐらいは流石に憶えているよ。特に君は二回生唯一の特待生だからね」

「なるほど……」

「それはそれとして、君、あれで本当に変装できてると思うなら世の中舐めすぎでしょ。次からはもっとマシな変装をしないと僕以外にもすぐ気づかれるよ」


 真顔で言われ、リーゼは割と自信があった男装がまったくの無意味だったことを悟り思わず両手で顔を覆った。しんどい。


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