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取捨選択【フェリクス視点】


 新学期が始まってから数週間の後。


「――フェリクス、お前の婚約者が決まった」


 フェルゼンシュタイン公爵家当主の執務室に呼び出されたフェリクスは、己の父親の言葉に思わず奥歯をグッと噛みしめた。

 いずれは、と遥か昔から理解していたことだ。むしろフェリクスの年齢を考えれば遅い方だろう。

 だからこそ決定を覆すことはほぼ不可能であり、たとえどんな相手だろうと受け入れるしかないのだ。正直に言えば煩わしいことこの上ない。

 しかしそれを悟らせない程度にはフェリクスの面の皮は厚く育っている。


「そうですか。お相手は?」

「第三王女殿下だ」


 これにはフェリクスも流石に目を瞠った。

 我が国の第三王女、名はエデルトルートという。年齢は確か十九歳でフェリクスのひとつ上。

 そして伴侶としては考えうる限り最も高貴な相手である。


「よく陛下が承諾なさいましたね」


 思わず本音を呟けば、父はニヤリと口もとを大きく歪める。


「なんと王女殿下自らのご指名だそうだぞ。光栄に思いなさい」

「……見返りには、何を?」

「王家直轄領の一部割譲と多額の持参金、次期財務大臣の内定といったところだな」


 現財務大臣はフェルゼンシュタイン公爵家とは別の派閥の侯爵家の者が務めている。

 そのポストを渡すということは王家としては何としてもこの縁談を成立させたいということだろう。

 

 フェリクスは改めて第三王女の姿を思い出す。

 年齢が近いこともあり夜会で数度、エスコート役を務めたこともある王女は楚々とした白百合のような女だった。しかしその腹の中は清廉潔白とは程遠い。末の王女ということで随分と甘やかされて育ってきた彼女が欲しいものは何でも手に入れたがる性質というのは王宮では有名な話だった。

 本来ならば他国に嫁ぐことも視野に入れられて然るべき立場だが、そうならなかったことからも本人の本質が透けて見える。

 ちなみに色恋の噂も絶えず、現在は新人護衛騎士に熱を上げているという情報も掴んでいた。


「不満か?」

「とんでもない。光栄の至りですよ」


 全く思ってもいない言葉を口にしながら、フェリクスは脳裏に別の人間の姿を描く。

 薄茶の髪と瞳という凡庸な色合いの少女。見た目の華やかさだけならば王女と比べるべくもない。

 だが、フェリクスが真に欲するのは高貴な白百合ではなく、その名もない小さな野花の方だった。


(まったく、僕らしくもない)


 損得勘定を抜きにした愚かな考えに内心自嘲するフェリクスだが、


「……ところで」


 父親の言葉で強制的に現実へと引き戻された。


「娼館通いはもう飽きただろう?」


 僅かな動揺も表には出さなかった。実際想定していたことではある。だが思ったよりも把握されているなと感じた。その直感も踏まえてフェリクスは慎重に言葉を選ぶ。


「ええ、弁えております。王女殿下にいらぬ誤解を与えるのは僕も本意ではありませんので」

「分かっているならいい。王女殿下は愛情深い方だ。くれぐれも心痛を与えぬよう注意しなさい」


 ようは嫉妬深いということだろう。自分が浮気をするのはいいが相手にされるのは絶対に我慢出来ない。いかにも傲慢な王女らしい。


(だが、やりようはある)


 臣籍降嫁してしまえば、いかに王女とて簡単には強権を振るうことは出来ない。

 所詮は政略結婚なのだ。王女も馬鹿ではないだろうし交渉の余地はいくらでも作り出せる。


(今は学院に行けば会えるわけだから特に娼館に通う理由もないしな)


 生徒会室で共に過ごす時間が今のフェリクスにとっては何よりも愛おしい。

 初めて自分の手で見つけた、替えのきかない大切なもの。

 端から彼女を諦めるという選択肢はない。だが今はタイミングが悪い。


「……婚約発表は何時頃になりますか?」

「来月の夜会でだ。その前に数度、王女殿下と顔合わせをしておきなさい」

「承知いたしました。となると婚姻の時期は」

「王女殿下は二十歳のうちには嫁ぎたいと仰せだ」


 彼女は現在十九歳。つまり二年以内には公爵家に降嫁してくるということだ。

 その頃にはフェリクスも学院を卒業し、身分に見合った役職で王宮勤めをすることになるだろう。


「では家督もその時点でお譲りいただけるということでしょうか?」

「特に問題がなければな。お前は私に似て優秀だ。財務大臣のポストもいずれはお前のものになる」


 父親が下す己の評価にフェリクスはひっそりと満足する。

 今までの努力は決して無駄ではなかった。自らの優秀さを内外に認めさせて父から公爵家当主の座を継いでしまえば、後はこっちのものだ。


(……籠の鳥にする趣味は特になかったけれど、仕方がない)


 己の立場上、彼女を手に入れるのであればそうするより他に道はない。

 先日生徒会室を訪れた男の顔を思い起こしながら、フェリクスは心の内側で嗤った。


(絶対に渡しはしない……そのためならどんな手段も厭うものか)


 どこまでいっても自分は貴族だ。こういう生き方しか知らない。

 フェリクスは父親に恭しく一礼をして部屋を出ると、自分の手駒に第三王女についての詳細な調査を依頼した。


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