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平民特待生リーゼ・リール【1】


 ――時はフェリクス・フェルゼンシュタインと対峙する約一日ほど前へと遡る。


 国内の貴族の子息子女が集う名門、アルテンベルク王立魔法学院。

 その中に平民出身者はほんの一握りだ。

 薄茶の髪と琥珀の瞳という地味な色彩を持つ少女リーゼ・リールはその数少ないひとりであった。


(……よし、今年もAクラス! なんとか学年十位以内をキープし続けないと)


 本日は新年度の始業式。

 掲示板に貼り出された新クラスの割り当て表を見ながらリーゼはグッと密かに拳を握った。

 唯一の肉親であった母を亡くすのと同時に入学した魔法学院生活も早一年。

 残り在学期間は二年間であるが、学費免除の特待生であるリーゼは卒業まで優秀な成績を残す必要がある。

 幸い、座学の方は順調だった。勉強は昔から得意だ。読み書きや算術は勿論、暗記にも自信がある。


 しかしながら魔法実技の方は平民ゆえに学院へ来るまでほとんど経験がなかった。

 一回生時は基礎と座学がメインだったが、二回生からは授業難易度も上がり実技が中心となると聞く。

 自主練習は欠かしていないが、貴族の子どもたちは幼い頃より家庭教師を付けて魔法を習うのが一般的らしく、その差は容易には埋め難い。


(まぁ考えても仕方がないか。魔力量は多い方だし、なんとかなるでしょ!)


 リーゼの目的は入学当初から変わらない。

 優秀な成績で学院を卒業し、国が認定する上級魔法士の資格を取ること。

 そうすれば将来は安泰。誰の手を借りることなくひとりで生きていけるし、現在進行形でお世話になっている人たちへの恩返しも出来る。天国に居る母もさぞ喜んでくれることだろう。


 新年度ということで、全校生徒は大講堂へと集められた。


 この魔法学院は三年制で、制服のタイやリボンの色で学年が分かるようになっている。

 一回生は緑、二回生は青、三回生は赤。各学年の定員は八十名なので、現在講堂内には二百四十名の生徒がいる計算だ。ちなみにその中で平民はリーゼを含めて数名しかおらず、二回生の平民に至ってはリーゼのみである。


 学院長からのありがたいお言葉から始まった始業式は退屈ではあるものの、特待生の身でサボる訳にはいかない。早く終わらないかなぁと内心ぼやいていると、周囲の女子から小さく「きゃあ」と歓声が上がった。


(……ああ、生徒会長か)


 リーゼは壇上に立つプラチナブロンドを眠気眼で眺める。

 フェリクス・フェルゼンシュタイン。最高学年である三回生。そして生徒会長でもある彼は校内随一の有名人だ。何故なら彼は建国から名を連ねる格式高いフェルゼンシュタイン公爵家の嫡男。つまりは次期公爵なのである。おまけに成績優秀で人望に篤く美形とくれば、貴族子女たちが黄色い声を上げるのも無理ないことだろう。


 リーゼからしてみればまさに雲の上の存在。学年も違うので、おそらく今後も関わる機会は皆無。

 穏やかな笑みと共に卒のない挨拶を口にするフェリクスの姿は確かに目の保養だが、それだけだ。残念ながら腹の足しにはならない。

 

「――我々は常に研鑽を積み続けなければなりません。貴族、平民を問わずこの学び舎での日々が皆さんにとって実りのあるものになるよう、生徒会としても力を尽くしていきたいと思います」


 大変ご立派な言葉にリーゼは内心で嘆息する。


(貴族、平民問わず……かぁ)


 それがただの理想でしかないことを、リーゼは既に知っていた。



 滞りなく始業式が終わり、リーゼは校舎の二階にある二回生Aクラスへと移動する。敢えて一呼吸を置いてからゆっくりと教室の扉を開けた。必然、先に教室内に居た生徒たちの視線がリーゼへと集まる。そしてこちらを視認した瞬間、彼らの表情にはあからさまな侮蔑の感情が宿った。


「はっ……平民が今年もAクラスとは実に嘆かわしい」

「仕方がないわよ。学院側も平民の受け入れをアピールする必要があるんでしょ」

「だからって我々と同じクラスで学ぶ必要があるか? もっと下のクラスの方がお似合いだろうに」

「まぁまぁ、そんなこと言っても可哀想じゃない。貴族たるもの寛大な精神を持たないと、ねぇ?」


 明確な悪意を持つ言葉の数々。だが一回生の時にも散々言われてきたので最早露ほども気にならない。幸い物理的な被害はないし、反応するだけ無駄である。

 こんな環境下では友人など出来る筈もなく、学院内のリーゼは常に孤立している。

 寂しくないと言えば嘘になるがリーゼは学院へ遊びに来ているわけではない。むしろ面倒な交友関係に時間を使わずに済むのだからいっそ気楽ですらあった。


 教室内を軽く見渡せば、ほとんどが一回生の時からの持ち上がりメンバーである。

 成績優秀者が集うAクラスの定員は二十名ほどなので、顔と名前はほぼ一致していた。そんな中でひとりだけ、見慣れぬ顔を見つける。


(あれは……確か去年の実技試験で首席だった――)


 教室の窓際一番後ろの席に陣取るその人物は、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 この国では珍しい艶やかな黒髪と黒目。顔立ちは整っているものの、それを打ち消すほどに近づき難いオーラを纏っている。まるで野生の黒豹のような青年は、リーゼの視線に気づいたのか不意にこちらへと目を向けた。

 だが彼は他の者たちとは違い、リーゼの存在を認識しても態度を変えることはない。

 そもそもこちらにさほど興味はないのだろう。数秒後にはまた視線を窓の方へと戻してしまう。


 なのでリーゼは迷いなく彼の隣の席へと座った。無関心でいてくれる存在は大変ありがたい。

 下手な貴族の横に座るとそれだけで嫌味の洗礼を食らい続ける羽目になるから。


 彼は躊躇なく隣に陣取ったリーゼを驚いたように一瞥したが、やはり何も言わなかった。

 リーゼは念のため小さな声で「隣、いいですか?」と尋ねる。彼は僅かな間を置いた後で「ああ」とだけ返事をした。そして再び視線を窓の外へと向けてしまう。


「おい、あの平民、わざわざジークヴァルトの隣に行ったぞ」

「浮いた者同士でお似合いじゃないか?」

「そうかしら……シュトレーメル伯爵令息も平民なんかに近寄られて迷惑なのではなくて?」

「さあ? 彼が考えていることはよく分からないからなぁ」


 そんな周囲の会話から、リーゼは隣に居る彼の名前を正しく認識する。


(ジークヴァルト・シュトレーメル……伯爵家の人だったのか)


 平民のリーゼからしたらやっぱり雲の上の存在だが、今はただのクラスメイトである。

 そんなことよりも明日からの授業に備えて魔法基礎理論のおさらいでもしておこうと、リーゼは図書室から借りてきた書物を鞄から出して読み始めた。

 ……隣が静かなのは、想像よりも遥かに快適だなと思いながら。


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