表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/51

積み上げていくもの


 アルテンベルク王立魔法学院は七月の第三週から約二ヶ月ほど夏季長期休暇が設けられている。

 これは生徒が貴族の子息子女が大半を占めるという性質上、遠方の領地に帰省する者への配慮という意味が大きい。

 そんな夏季長期休暇に入る直前に催されるのが二回生と三回生の合同演習である。

 学院からほど近い森林地帯に一泊二日。主に集団行動と野営の体験が目的となっている。


 ちなみに野営も含まれる演習という性質上、全員強制参加ではなく不参加も認められていた。

 参加者には魔法士資格取得の際の評価に多少加点されるので、主に資格取得を目指す者が参加するのが一般的だ。そのため例年、女子生徒の参加はかなり少ない傾向にある。


「君は勿論、合同演習には参加するんだろう?」


 生徒会室での業務中、雑談としてフェリクスから話を振られたリーゼは迷いなく首肯する。


「少しでも加点は欲しいので。先輩は……参加しなくても影響はなさそうですけど、どうするんですか?」


 フェリクスは三回生の座学と実技において首席を維持し続ける正真正銘の優等生である。当然ながら魔法士の国家試験合格間違いなしと目されているので、わざわざ野外演習に参加する利点は薄い。


「僕はどちらかというと監督役として参加かな、面倒だけど」

「あー、確かに学生側に統率者居たほうが演習もスムーズですもんね」


 当然ながら講師陣をはじめ、警備や救護要員等は学院側が前もって手配している。だが、慣れない環境下では学生間の些細なトラブルも事故につながりかねない。そんな時、フェリクスが居れば仲裁は容易だろう。生徒会長という肩書もだが、フェルゼンシュタイン公爵家次期当主に逆らおうと思う者は普通居ない。


「今更ですが、意外と学院側にいいように使われてますよね先輩」

「まぁね。裏を返せばそれだけ貸しを作っているということだよ。学院を出た後でもそういう貸しは役に立つ」

「なるほど、勉強になります」


 素直に感心するリーゼを横目に、フェリクスが積まれていた書類の最後の一枚を片付けた。


「……さて、少し早いけど今日は終わりにしようか。僕も実家に顔を出す用事があるし」


 はい、と返事をしながら時刻を確認すれば下校時刻までは一時間以上も余裕がある。


(よし、自主練してから帰ろうかな)


 いそいそと荷物を纏めるリーゼへ、フェリクスが言う。


「もしかしなくてもこれから自主訓練しに行く気?」

「ええ、時間がある時はなるべく魔法の練習をしておきたいので」

「熱心なことだね。まぁ魔法はとにかく数をこなさないと上達しないし理には適ってるけど」

「やっぱり上達に近道なんてそうはないですよね」

「多少効率の良し悪しはあるけどね。それでも反復練習は基本だから」

「……コツコツ頑張ります」


 長い道のりを想像して苦笑するリーゼだが、不意に気づいたことをそのまま言葉に乗せる。


「つまり先輩もかなりの魔法練習をしてきたってことですよね? やはり幼少期からですか?」

「ああ、我が家の方針でね。……フェルゼンシュタインの名を背負って魔法がお粗末なんてことは決して赦されないから」


 その声はどこか疲れを含んでいるようにリーゼには思えた。公爵家に生まれた彼が背負うものはそれほどまでに重く、常に結果を求められる立場だというのは想像に難くない。

 そうやって圧し潰されそうなほどの期待を掛けられながら研鑽を積んできたからこその実力、ということだろう。そうでなければ無詠唱魔法をこの年齢で自在に扱うことなど出来る筈もない。


「……どうしたの? もしかして見直して惚れ直した?」


 黙っているリーゼを揶揄うようにフェリクスが近づいてきて顔を覗き込んでくる。相変わらず見惚れるほどに美しい顔立ち。だが、それは彼の一部分に過ぎない。


「――そうですね。少しだけ惚れ直したかもしれません」

「……は」


 よほど予想外の返しだったのか、フェリクスが珍しく目を見開いて固まる。無防備な表情が珍しくてかなり面白い。そこへさらに畳みかけるように、リーゼはにっこりと笑みを浮かべた。


「ちなみに冗談ではないですよ。先輩の真面目で努力家なところはちゃんと尊敬しているので」


 魔法のことといい、リーゼが入るまではほぼ一人で生徒会を回していたことといい、フェリクスは責任感がとても強い。そして完璧主義者で勤勉な努力家だ。まだ短い付き合いだが、そのことを疑う余地は最早ない。

 だから一個人として、リーゼ・リールはフェリクス・フェルゼンシュタインのことを今は尊敬していた。その気持ちに嘘偽りはない。


「では、お先に失礼します」


 言い逃げのような形にはなってしまったが、リーゼは足早に生徒会室を後にした。

 少々照れくさくはあったが、勢いに任せて言ったにしては妙な満足感があった。


 その後、下校時刻までの使用申請をしてから意気揚々と個人訓練室へと向かったリーゼだったが――そこで珍しい組み合わせが目に飛び込んできた。


(あれは……ジークと、ヘルタ様……?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ