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作戦決行とその結果【1】


 釣りで例えるのならば、爆釣と言って差し支えないだろう。


「貴女、よほど痛い目をみたいようね……ッ!!!」


 放課後、生徒会室へと向かう際に人気(ひとけ)の少ない通路をわざと通った結果。

 狙い通り女子集団およそ七名ほどに囲まれたリーゼは、あれよあれよと先日同様の校舎裏へと連れて来られた。見れば集団を牛耳るのは前回と同じ――そう、リーゼの左頬を容赦なく打った三回生のご令嬢である。


(あれ? パラッシュ侯爵令嬢はいないのか……)


 全体を見れば昼に絡んできた顔ぶれには違いなかった。だがこの集団における本来のトップと思しきパラッシュ侯爵令嬢の姿はここにはない。

 汚れ仕事は部下にやらせる性質なのか、それとも彼女達の独断専行によるものか。


(いずれにせよ、やることは変わりないけど)


 害意持つ集団に囲まれるのは覚悟を決めていても恐ろしいものである。早めに済ませてしまうに越したことはないと、リーゼは意を決して集団のリーダーと向き合った。


「以前にもお伝えいたしましたが、私から生徒会を辞退するつもりはありません。このようなことをされても考えは変わりませんので、どうか御納得いただけませんでしょうか?」


 これはリーゼが出来る最後の勧告である。ここで踏み止まってくれるのであれば良し。そうでないのであれば、然るべき対応を取らざるを得ないが――


「ッ!! 本当に生意気な女ッッ!!!」


 言葉と共に繰り出された平手を正面から受ける。バチン、と痛烈な音が鼓膜を揺らした。

 不意打ちだった前回と違い歯を食いしばっていたので口の中は切れていないが、それでも打たれた部分は十分に痛い。だが、この怪我も立派な証拠だ。今は甘んじて受け入れる。


「どう? これでもまだ辞める気は起きないかしら?」

「何度言われても、私が引き下がることはありません」

「…………そう。それならば、こちらも一切の手加減を止めることにするわ」


 その声は実に冷ややかで悍ましく、気圧されたリーゼの肌が瞬時に粟立つ。と同時に酷く嫌な予感がした。これから彼女たちが行なおうとしていることがなんなのか。脳裏を掠める馬鹿げた想像は――残念ながら的を射ていた。


「《猛き風よ、我が意思に従い、その姿を変え――」


 始まった詠唱にリーゼはこれ以上ないほど目を見開く。これは風の中級攻撃魔法の呪文だ。人に向けて放てば当然ただでは済まない。いくら立場の弱い平民相手にとはいえ学生同士の揉め事で行使していいものでは決してない筈なのに、周囲の令嬢達も含めその行動には一切の迷いがなかった。


「《小さき水よ、我を守り、盾となれ》ッ!!!」


 咄嗟にリーゼも魔力を練りながら防御魔法を詠唱する。中級魔法よりも基礎魔法の方が発動は早い。


「――無数の刃となり、我が敵を切り刻め》ッ!!」


 リーゼが水の盾で自分を覆った瞬間、己の周囲を風の刃が縦横無尽に踊り始めた。

 間一髪のところで防御が間に合ったため、盾越しに風がもたらす強い振動を感じる以外の被害はないが、もしこちらが魔法を発動させていなければ大怪我を負っていたに違いない。


「ッ!? 本当に生意気!! どうして私の攻撃が全く通らないのよ!!!」


 それは確かに彼女の言う通りだった。本来、中級魔法の攻撃を基礎魔法の防御で完全に防ぎきることは出来ない。リーゼとしても威力を殺しダメージを軽減出来ればと考えて防御魔法を発動させたので、この状態には違和感がある。


「なら、もう一度よッ! 《猛き風よ、我が意思に従い――」

「ア、アデリナ様ッ落ち着いて! 流石にこれ以上目立つのは」


 中級魔法の行使により木々が騒めき風が嘶きのような音を立てる。そのためかアデリナと呼ばれた令嬢を止めようと集団の一人が咄嗟に声を掛けるが、彼女の暴走は止まらない。


「――その姿を変え、無数の刃となり、我が敵を切り刻め》ッッ!!!!」


 放たれる二撃目からは先ほどよりもさらに強い魔力の波動を感じる。リーゼも維持する盾への魔力を最大限に強化した。それでも数発は盾を突破してくるかもしれないと、強い恐怖心から足が竦みそうになる。

 だが、


(……え? な、なんで……?)


 実際に風の刃がリーゼに届くことはなかった。それどころか一度目より風の伝えてくる振動さえも微々たるものだ。これは自分の防御魔法が優れているわけではない。何か別の要因が絡んでいる。


「どうしてよ……ッ!? 私の風魔法が、こんなにあっさり防がれるわけが……ッッ!」


 よほど自信があったのだろう。アデリナが驚愕の声と共に顔を大きく歪める。周囲の令嬢たちも不可解な状況に顔を見合わせながら明らかに戸惑っていた。

 しかし、そんな彼女たちの疑問は別の事象により答えを得ることなく塗り潰される。


「――随分と、派手にやってくれたものだね」


 割って入ってきたその声に、全員の思考と視線が一点へと集まる。

 その中でリーゼだけが無意識のうちに安堵の息を漏らした。


(……ちょっと遅いですよ、先輩)


 そんなこちらの視線に気づいたのか、ほどなくフェリクスと目が合った。途端に彼は眉を顰めながら、リーゼの状態を確かめるように視線を上下させた後でポツリと零す。


「これは、流石と言わざるを得ないかな……」


 独り言のようなそれにリーゼが首を傾げたところで、フェリクスはハァとため息と共に前髪を掻き上げた。そしてそのまま、今度は令嬢たちの集団へと視線を向ける。


「この状況で、まさか言い逃れが出来るとは思っていないよね?」

「フェ、フェリクス様……っ」

「どうしてここに!?」

「わたくしたちは、その、別にここまでするつもりは」

「ちょっと! それを言うならわたくしだって……!」

「そうよ! 魔法を使ったのだってアデリナ様だけですわ!!」


 集団の一人がそう声高に主張した瞬間、風向きは一気にアデリナへと集束する。本来仲間であるはずの令嬢たちが自然と距離を取るのに、アデリナが「何よ! いまさら裏切るつもり!?」と金切り声を上げる。傍から見ているリーゼからすれば、どちらも等しく醜く映った。


「大して止めもせずに傍観していたのだから全員同罪だよ。顔は全員覚えたからね。後日、学院規則相応の処分を下すことになるだろう」

「そ、そんな……ッ!!」


 フェリクスの淡々とした言葉に令嬢たちの顔は真っ青になる。令嬢が暴力沙汰を起こしたなど、醜聞以外の何物でもない。公に処分することをフェリクスが公言したことにより、彼女達は震えあがった。しかしアデリナだけは不服を隠さずフェリクスへと強い視線をぶつけた。


「納得いきませんわ! わたくし達はこの身の程知らずに現実を解らせて差し上げてただけでしてよ!!」

「どんな状況にせよ学生同士による魔法での私闘は堅く禁止されている。三回生にもなってまさか知らないとは言わせないよ」

「ッ……その件の処罰ならば甘んじて受け容れます。そして改めて申し上げますわ。この平民を傍に置くことはフェリクス様にとって害悪にしかなりません! 下賤な血の者など今すぐに放逐すべきです!!」


 リーゼを指差しながらアデリナが捲し立てるのに、フェリクスがスッと無表情になった。


「それを決めるのは君じゃない。学院生を監督する立場としても、僕個人としても。君の要望は一考の余地すらないよ。非常に――不愉快だ」

「ヒッ……ッッ!?!?」


 フェリクスの言葉と視線が怜悧な刃となってアデリナへと降り注ぐ。彼女は腰を抜かしたようによろめき、最後には無様に地べたへと尻餅をついた。

 そんなアデリナを冷ややかに一瞥した後、フェリクスが一転して神々しいまでの微笑みを周囲へと向ける。だがそのアイスブルーの瞳の奥は芯まで凍てつき、底知れぬ怒りと侮蔑を感じさせた。


「もし今後も彼女に危害を加えるのであれば……それは生徒会長である僕に危害を加えるものと判断するから。フェルゼンシュタインを敵に回すとどうなるかくらい、流石に分かるよね?」


 令嬢たちは半泣きになりながら首を縦に振った。

 元々彼女たちはフェリクスの熱心なファンなのだ。それなのに憧れの人から叱責されるどころか軽蔑の眼差しを向けられている。その事実こそが彼女達にとっては最大の罰なのかもしれない。 


「物分かりが良くて助かるよ。ああ、このことは周囲にも広めておいてくれる? もし君たち以外にも彼女に手を出す者がいた場合は、周知を怠ったとして連帯責任を問うからそのつもりでね」


 さらりと付け加えられた言葉に令嬢たちから悲鳴が上がるが、それを無視してフェリクスは居たたまれない気持ちで状況を見守っていたリーゼの手を取ると用は済んだとばかりに歩き出す。

 背後からすすり泣く声が聞こえてきて大変後味が悪い。それでも必要なことだったと理解しているので、リーゼは彼女達に同情することはなかった。


 そうして手を引かれながら、リーゼはフェリクスの様子を恐る恐る窺う。もう後方に令嬢達の姿はない。だからてっきり何か軽口でも叩かれるものと思っていたが、彼は無言を貫いていた。心なしか空気も重い。こちらから声を掛けるべきかどうか悩むリーゼだったが、その前にフェリクスの足が渡り廊下の途中で唐突に止まる。


「? ……先輩?」


 リーゼの声には反応せず、フェリクスは渡り廊下から見える中庭の木々の方へと顔を向けた。


「――もう出てきても構わないよ。なにか話があるんだろう?」


 その言葉を受けて木々の間からゆっくりと出てきたのは、


「……ジーク?」


 フェリクスに鋭い視線を向けるジークヴァルトその人だった。



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