餌を撒くのにも一苦労
リーゼが立案した作戦自体は非常にシンプルである。
ようは言い逃れの出来ない現行犯として、その罪を白日のもとに晒せばいい。
「……いや、言い出したのは私ですけどね? だからってこれはちょっと……」
「ん? 何か問題でも?」
「正直、ここまでくっつく必要はないんじゃないですかね?」
昨日までは生徒会室でとっていた昼食。それを今日は敢えて見晴らしのいい中庭でとることにした。
当然、リーゼの横にはフェリクスの姿もある。何故ならこれは作戦の一環だからだ。
「この方が君の作戦としても理に適っているだろう? 僕としても短期決戦の方が望ましいからね」
言って、フェリクスはさらに身体をリーゼの方へと寄せる。現在二人は中庭のベンチに並んで座っているのだが、その距離は明らかに近かった。完全に互いの肩や腕は触れ合っており、リーゼが少し顔を上向ければ彼の吐息さえも拾えてしまうほどである。
傍から見れば恋人同士と思われてもなんら不思議ではない。
「それにしても『仲良しアピールで敵さんホイホイ作戦』だなんて、随分と可愛らしい名前をつけるものだね君は」
「……悪かったですね。どうせネーミングセンス皆無ですよ」
「いやいや、褒めてるんだからもっと素直に受け取りなよ。僕には到底思いつかない作戦名である意味感心したんだからさ」
「どう考えても揶揄われてるのが分かってるのに喜べるほど単純じゃないです。いいから笑顔で食事しててください」
表面上は互いに和やかな笑顔を取り繕いつつ、実際は甘さの欠片もない言葉を重ねる。
そんなリーゼたちの様子を中庭に居る大半の生徒たちは注視せずにいられないようで、先ほどから視線が遠慮なく突き刺さるのを肌で感じていた。それ自体は狙い通りであるが、やはり少し怖い。
「どうせなら食べさせ合いでもしてみる?」
「やめてください本当に刺されかねないので」
一方で、フェリクスにはこの状況を楽しむ余裕すらあるようだ。まぁどう転んでも矢面に立つのはリーゼなのできっと気楽なのだろう。大変腹立たしい。
そうやってしばらく恋人のような距離感で食事をしていた二人のもとに、とある集団が近づいてきた。
先頭を歩く人物の顔には見覚えがある。そう、彼女と以前会ったのもこの中庭だった。
「――何か用かな? パラッシュ侯爵令嬢」
接近に気づいたフェリクスがそう水を向ければ、集団の代表であるパラッシュ侯爵令嬢が優雅に微笑む。
「ごきげんよう、フェリクス様……本日は中庭で昼食なんですのね? 生徒会室でのミーティングは終わりましたの?」
「いや、たまには気分転換にと思ってね。リーゼも久しぶりに僕と中庭でゆっくり食事がしたいって言ってくれたから」
「……そうですの。フェリクス様ったらリール嬢とは随分と打ち解けられましたのね?」
「ああ、もうこの子なしでは生きていけないかもね?」
フェリクスの冗談とも本気ともつかない言葉にパラッシュ侯爵令嬢の背後に控える令嬢集団の空気が険悪なものへと変わる。その怒りの矛先は当然すべてリーゼへと向けられていた。
「なんであんな子をフェリクス様は」
「本当に汚らわしい」
「きっと色目を使ったのよ」
「そうね、平民ですもの。貞操観念が私達とは違うのだわ」
「フェリクス様は騙されているのよ」
「早く目を覚まして差し上げなければ」
わざとこちらに聞かせるような音量で喋る令嬢たち。よくよく観察すればその中にこれまた見覚えのある顔を見つけてしまった。思わず反射的に左頬に手を当てると、向こうもこちらの目に気づいたらしく人が殺せそうなほどに鋭い視線を浴びせてくる。
(先輩、盛大に餌まき過ぎですよこれ……)
気を抜くと口から出そうな文句を必死で抑え込みつつ、リーゼは視線を下げ、令嬢たちの言葉に傷つくか弱い少女のようにしおらしく振る舞う。するとそんなこちらの動きに呼応するかの如く、フェリクスが自然な動作でリーゼの肩に手を添える。そしてそのまま己の方へと優しく抱き寄せた。
「っ!? あ、あのっ、先輩……っ!」
「リーゼも委縮してしまうし、特に用がないなら二人きりにして貰えるかな? ああ、後ろの子たちの声は聞かなかったことにするよ――今はね」
不意打ちの接触に素で動揺して赤面してしまったリーゼを他所に、フェリクスが女子集団を笑顔で牽制する。
それを受け、何人かの令嬢が堪らず声を上げようと口を開きかけたが、
「……彼女たちの失言をお赦しくださいませ、フェリクス様。無論、すぐにこの場を立ち去りますので」
パラッシュ侯爵令嬢が淑女然とした態度でそう応じてしまったため、結局は雲散霧消してしまった。
浮かぶ表情から大多数の令嬢はパラッシュ侯爵令嬢の判断に不満を持っているようだが、逆らう声自体は上がらない辺りこの集団のパワーバランスが傍目からも理解出来る。
そうして何をするでもなくすごすごと引き下がった集団の背中を見ながら、リーゼは未だにこちらを抱き寄せたままのフェリクスへと小声で抗議した。
「流石にこれはやり過ぎですよ先輩。とりあえず放してください」
「はいはい。君のようなお子様には少々刺激が強かったかな?」
パッと手を放して笑うフェリクスをひと睨みした後、リーゼはふぅと大きく息を吐く。
「……ともあれ、餌はそれはもう十分に撒けたはずです。早速、今日の放課後に罠に引っ掛かるか試してみましょう」
「了解。そういえばシュトレーメルは? 彼も何か協力を?」
「ええ。といっても作戦について軽く説明をして手出し無用とだけ伝えてあります。ジークが傍に居たら相手も怯んでしまうでしょうし」
「賢明だね」
フェリクスがポンとこちらの頭に手をのせるとペットを褒める要領で撫でてくる。リーゼからすればこんなもの完全に犬扱いだが、この行動すらも周囲からは親密な関係だと誤認されていることだろう。まったくもって理不尽である。
(というか、これは早期に決着をつけないと本当に私の命が危ないかもしれない……)
どうかこの先もなるべく穏便に済みますように、とリーゼはらしくもなく神頼みしてしまった。