狂犬と商人の形勢逆転劇
私は、アリス。ただのアリスだ。
派手な赤髪に厳しそうに見えるつり目。身嗜みに気を使ったこともなければ、冒険者としての仕事柄、傷も絶えない。
当然、男から好かれるという経験も無い。そのはずだったなのだが。
「初めまして!僕は商人の、カフ・ブリダニア。君のそばに居ると得するって、商人の勘が告げてるんだよね。結婚を前提に付き合ってください!」
よく分からん男に出会って5秒でプロポーズされた。
「断る!」
「あ、残念。じゃあ、ビジネスの話をしよう」
「はぁ?」
カフは持っていた鞄から、ゴソゴソと書類を取り出し、私に手渡した。
その書類は、カフが所属する商会の概要、実績がまとめられたものだった。
「何これ」
「改めまして、僕はブリダニア商会会長の息子であり、幹部のカフだよ。まあ、次期会長というわけじゃないけどね。アリスさんの冒険者としての実績から、貴方の実力を見込んで契約を申し込みます。僕たちの商会に優先的に素材を売る契約と、冒険者道具の広告塔をお願いしたいです」
「……唐突ね」
プロポーズの次にすることが、これか?プロポーズの内容も意味不明だったが。
「僕、これでも目利きの商人なんだよ。僕が価値があると思ったものは、全て大ヒット。流石に人間に価値があると思ったの初めてだけど……つまり、アリスさんのそばに居るのは最優先事項ってこと」
「この契約もその一環ということ?」
「流石にそれだけじゃ無いよ」
「じゃ何なの?」
「見下す人間全員に噛みつき、ソロで活躍するA級冒険者『狂犬』。真っ赤な髪がトレードマークの知名度No.1冒険者だからだよ」
カフはニッコリ笑った。
この飄々とした男とお近付きになるのは、切実にお断りしたい。
しかし美味しいのだ、この契約。
優先的に素材提供をするだけで、定期収入を得られ、広告塔のなった商品は数は決められてるものの、無料で貰える。
不安定な職に就いてる者としては、逃したくない申し出だ。
「分かった。この契約、受け入れるわ」
そう言った瞬間、更にニッコリ笑う男の顔を見て、失敗したかも、と若干思った。
私の直感は正しかった。
「あの、付きまとうのやめてくれない?」
「え、アリスさんと契約した担当者として来てるだけだよ」
「今、来る必要ないでしょ」
カフはヘラリと笑った。誤魔化しやがった。
この男に付きまとわれ、早数週間。
男っ気の無かった私がこの男に付きまとわれているのを、珍しそうに眺めていた周囲も見慣れてきた頃。
しかし、「狂犬、モッテモッテー」というウザすぎる声は健在だ。言った奴は後でボコそう。
「アリスさん、そろそろ僕と結婚しない?」
「しない」
「残念。じゃあ、デートを申し込んでも?」
「却下」
担当者としての立場で、口説いてくるこの男が幹部で良いのかと心配になってくる。
「とか思ってる?」
「なんで分かった?」
「んー、直感。安心して、僕の父さんも常に嘆いてるから」
「アンタのお父さんに同情するわ」
「大丈夫、僕かなり商会に貢献してるから。親孝行も万全さ」
胡散臭そうだが、事実だろう。
付きまとわれている最中に買い物をしていると、カフは口を挟んでくる。
「この林檎の方が甘いよ」「この剣は切れ味良いね」などと言ってくる。実際、質のいいモノだった。
目利きというのは本当だろう。
その事から言うと、私は将来大きなことを成すそうだ。知名度は高いとはいえ、私も数ある冒険者の内の一人。何をするのかサッパリだ。
「アリスさん、君はどうやったら、僕を好きになってくれるのかな?」
預言者じみたことをしてくれた男は、通常運転。
「何やっても無駄よ」
冒険者で、ガサツな女だとしても、こちとら乙女だ。
初めてされたプロポーズが、利益目的とは、笑わせる。
少なくとも、損得勘定で口説いてくるうちは、全て却下と決まってる。
◆ ◆ ◆
今日も今日とて冒険だ。だって、冒険者だから。
冒険者の仕事は大きくわけて三つ。
一つ、街の便利屋。
二つ、害獣討伐。
三つ、迷宮の探索。
迷宮には魔物が沢山いて素材が取れるし、宝箱から貴重な品も手に入れられる。自然発生する、金を生む建物だ。
「ブリダニア商会がどんな素材が欲しいか聞いておきたいけど……今日に限ってアイツ居ないのよね」
鬱陶しい程寄ってくるくせに、いて欲しい時ほどいないのだ。
しょうがないので、さっさと迷宮に行くため、乗合馬車に乗る。
時間は大してかからない、10分、15分程度だ。
迷宮前の受付に冒険者証を見せ、迷宮の中に入る。
辺りは薄暗く、洞窟に似ている。
明かりが取り付けられた帽子をかぶる。
ブリダニア商会のものだ。
「これ、まあまあ高いのよね」
無料で商品を貰える度に、契約結んで良かったと思う。カフには付きまとわれるが。
前方にゴブリンが三体、犬型魔獣が一体。
魔獣の背を足蹴にし、そのまま大剣でゴブリン三体の首を一気に掻っ切る。
足蹴にされた魔獣が床に倒れていたので、起き上がる前に切った。
「うわ、私の大剣が血だらけに……昨日手入れしたのに」
仕方ないとわかっているが、虚しさが募る。
やたらとデカい私の大剣は、手入れするのも大変なのだ。
しかし、小さく細い剣だと、どうにも頼りなく感じられるのだ。何回か壊してしまった経験からそう感じるのかもしれない。
気を取り直して、倒した魔物の素材を鞄に入れる。
今日は魔物を五十体くらい倒したい。
可能なら、迷宮三階層のボスの所まで行きたい。
迷宮の魔物は、魔力からつくられる。つまり、有限だ。
五十体見つけられない日もあるため、今立てたのは、努力目標だった。そのはずだった。
何故だが、やたらと魔物が多かったのだ。
数匹魔物を倒せば、直ぐに他の魔物を見つけられた。
最初こそ、今日は運がいいと笑って魔物を殲滅して行ったが、やがておかしいと気が付く。
倒しても倒しても、次々に魔物が襲いかかってくる。
息をつく暇もない程に。
「私もまあまあキツいし、他の冒険者は大丈夫なのかしら」
これでも、冒険者としての実力は高い方だ。
私が、こう感じるのなら、他の冒険者は死んでいても可笑しく無い。
「―――あー、もうっ。面倒臭いわね!」
素材集めは諦め、他の冒険者の救出に方針を変え、走り出す。基本、冒険者は手助け無用。しかし、今日の迷宮は可笑しい。確実に。
不測の事態であるのならば、冒険者の協力は義務となる。
結局その日は、三つのパーティーと五人の冒険者を迷宮の外まで送り出して終わった。
迷宮の異変を黙っておく訳にもいかないので、冒険者ギルドへ直行する。
ギルドの受付嬢に今日のことを伝える。
受付嬢はしばし黙り込み、上司を連れてくると言った。
連れてきたのは、ギルド長。
事の大きさは、私の想定より重大であると悟った。
「迷宮に、何が起こっているんですか?」
内心恐る恐る聞いて見た。
「魔物の氾濫だ」
ギルド長の言葉に周囲がどよめく。新人よりも、ベテランの冒険者の方が、驚いている。
「それなんでしたっけ?」
「君は若いからな、まだ経験したことがないだろう。迷宮から魔物が溢れる現象だ。数十年に一度あるかないか、という災害なのだが。この街の迷宮に起こってしまうなんて」
「街にも被害が?」
「ああ、出るだろう。緊急依頼を出さなくてはならない。君もやってくれるかい?」
「勿論です。C級以上は緊急依頼への参加を義務付けられていますから」
拒否したら、罰金、評価も下がる。
この街では私以上の実力者が少ないのだから、私が先頭切って動かなければならないだろう。
「魔物の氾濫に対し、先陣を切る役をお願いしても?」
私には、肯定以外の回答は、残されていない。
緊急依頼、魔物の氾濫は、五日後だ。
◆ ◆ ◆
魔物の氾濫に向けて、準備が必要だ。
カフとの契約のおかげで、貯蓄もある。万全の準備が出来そうだ。
道具をケチるのは冒険者として命取りなのだから。
「という訳で、邪魔はしないでね。こっちは忙しいんだから」
「……魔物の氾濫なんて、危ないよ。ましてや先陣切るなんて、止めといたら」
カフが不満そうに言い募る。
お前は、お前は私の母か何かか。
「私が一番強いんだから、私が行かないと」
「でも、魔物の氾濫への対処は、初めてじゃないか」
「そうだけど……戦力的には適切よ」
「だとしても、初心者に任せるなんて間違ってるよ」
「……アンタ、前に私のそばに居ると得するって言ったでしょ」
「……そうだけど」
「それって、私がこの魔物の氾濫を解決するってことじゃない?そしたら、私は街の英雄みたいなもんよ。アンタ予言通りなら、私は無事よ」
その場合、私の広告塔としての価値も上がり、私のそばにいると得する、という結果になる。
カフの予言通りになる。
「僕は、目利きなだけ。預言者じゃない」
「似たようなもんよ」
「適当過ぎるよ!もっと命を大切にしようよ」
「……うるさいな。アンタは私の関係者でもなんでもないでしよ!」
「……担当者だよ!」
「他人じゃない、それ。なら、私を気持ちよく送り出して、私が広告塔としての価値を上げるのを期待して、待っときなさいよ」
別に私が好きな訳でもないんでしょ、と付け加えようとした言葉は、何となく引っ込めた。
好きでいて欲しいみたいに聞こえるから。
「そんな期待して、送り出せる訳ないじゃん。心配なんだから」
カフは、心の底から吐き出すように言った。
そう言われても、答えは変えれない。
私は、A級冒険者だから。
カフの心配は、ただただ私の心を重くさせた。
黙り込む私に見切りをつけたカフは、もういい、と言って去って行った。
そんな風に、言わなくてもいいじゃん。
しかし、私もいつまでもカフを気にかけていられない。五日後なのだ、魔物の氾濫は。
それなのに、周りは脳天気なものだった。
「あの、商人の坊ちゃんと喧嘩したんだって?」
「別にしてないわよ」
「言い争って別れた、という情報が、八百屋のオッサンから寄せられてるが?」
「呆れた。こんな時に、よくそんな話に夢中になれるわね」
ジトーっとした目で見る。すると、戦士のオジサンは肩を竦めて言った。
「こんな時だからだよ。冒険者は命のやり取りをする職だ。しかも今回は、魔物の氾濫。後悔するようなことしちゃいけねぇよ。なあ、狂犬殿」
すると、会話を聞いていた他の冒険者も次々に口を開いた。
「俺の仲間も迷宮探索中に死んだよ。嫁と喧嘩してたから、家に帰ったら仲直りするって行ってそのまま」
「こっちは左手が使い物にならなくなりかけた。死にはしなかったけど、いつあの世に行ってもおかしくないって思った」
「……緊急依頼は無視するつもりないけど、やっぱり怖いよ。おらァもう、遺書を用意してる」
悔しいことに、戦士のオジサンの言葉は、正論で、その通りだった。皆その事を正確に理解していたのだ。
私は冒険者、命のやり取りをして生きている。
今回の緊急依頼は、より死が身近だ。カフすら、その危険さをよく知っていた。
なまじ強いから、私はその辺りを蔑ろにしていた。
能天気なのは、私だったのかもしれない。
また次があると思って、適当な別れをしてはいけない。
あんな奴でも、それなりの付き合いがあったのだ。
付きまとわれたが、その分世話になったこともあった。喧嘩別れした時だって、心配してくれていたのだ。
私は、また、カフに会わなければならない。
後悔は残しちゃいけない。
それが、生死を分ける場面で、足を引っ張ることさえあるのだから。
私は、有難う、とだけ伝えて、カフを探しに行くことにした。
「でも、どこに居るの?」
考えてみれば、私はカフのことをよく知らない。
カフと行動するのだって、カフが私の所に来ていたから。
カフが私についてくることはあっても、その逆は無かった。
だから、私にはカフの場所が分からない。
つまり、実質私が行ける場所は一つだ。
さあ行こう、ブリダニア商会へ。
ブリダニア商会本部、何度か来たことはあるが、マジマジと見学したことは無い。
普段、カフが先頭に立って案内してくれるから、誰に声をかければいいかも分からない。
何より、何故か商会が慌ただしい。
所在なさげにしていると、一人の職員が声を掛けてくれた。
「アリスさん、どうしましたか?」
「カフに用があって……何処にいるか知っていますか?」
「カフ坊ちゃんなら、魔物の氾濫にする支援の為、各方面に声をかけに行っていますよ」
「へ!?」
驚いて、思わず声が出た。
支援の為に、そんな手間が必要なのだろうか。商会が支援するとしたら、在庫を一部無償でくれるだけだったと思うのだが。
「本来なら、支援は消耗品を送るだけの予定だったんですよ。携帯食とか、薬草とか」
「それが、普通でしょ」
「だけど、カフ坊ちゃんが会長を説得して、大規模支援を実現することになったんです。結界石やポーション、魔道具。王都の契約冒険者の方に掛け合って、人員も呼んでくる予定です」
カフは会長の息子ではあるが、次期会長ではない。
そんな大規模支援をすぐ様実現させる発言権は無いはずだ。
だから、それを出来たということは、どれ程の苦労を要したのだろうか。
そして、彼がそんな事をしたのは、自惚れかもしれないが、私の為だ。
自然と口角が上がる。
「カフ坊ちゃんは忙しいので、会うのは難しいと思います。すいません」
「いいんです。もう、必要なくなったので」
カフが私の為に動いてくれた。
「もういい」の言葉は、私なんてもうどうでもいいではなかった。
後悔は無い。だから、私は戦える。
魔物の氾濫、この私が解決してみせる。
◆ ◆ ◆
「……いよいよね」
そっと呟く。
城壁の前で待ち構えるのは私達冒険者。
指揮を執るのは、領主の騎士達。
皆の士気はそう悪く無い。
これ以上無い程、万全の体制だからだろう。
ブリダニア商会の尽力には頭が自然と下がる。
全員でただ、一点を見つめた。
魔物が現れる場所を。
迷宮はしばらく、微動だにしなかった。
しかし、僅かに迷宮は動き始めた。
グネりと姿を変え、生き物のように、激しく揺れる。
そして、迷宮の破裂と同時に魔物が溢れた。
魔物は街に向かって一心不乱に走る。
「一番隊、行け!」
私も動かなければならない。
相棒の大剣を手に駆け出す。
まずは、魔物の群れの中でも、一際大きいゴーレムからだ。
ゴーレムは腕を振り回し、私をすり潰そうとする。
すぐさま避け、腕に飛び乗り、核を破壊する。
その辺の雑魚は一太刀で殺られてくれるが、数が多いと足をすくわれる。
油断は出来ない。
「あ、あっ!」
怯えて、動けなくなる冒険者も居る。
こういつ奴はむしろ邪魔になるので、抱えて魔物と離れた、城壁側に投げてやる。安心しろ、柔らかそうな所に投げた。
私たち冒険者から離れた魔物は、魔法使いが協力して数を減らしてくれる。
着々と数は減っている。しかし、迷宮から魔物が溢れる勢いは、留まる所を知らない。
予想よりも遥かに強烈な魔物の氾濫。
戦士達の疲弊は免れない。それは、私も例外では無い。私は、先頭に立っているため、休憩に戻ることも難しい。
人より疲労は溜まり、戦い方は時間が経つ事に荒くなる。
でも、私が殺らなきゃいけない。
私が一番強い。
私は、A級冒険者だ。
前線を離れることなど出来ない。
「アリスさん、一旦戻って良いですよ」
「は?」
離れられないとか思ってたら、戻って良いよ宣言貰ったのだが。
その宣言をした冒険者は、相手をしていた魔物を引き受けてくれ、私を休憩地点に戻れるようにしてくれた。
「何これ」
休憩地点での私の第一声はそれだった。
呆然とする私の背後には、若干ドヤ顔のカフが居た。
「ふふん、僕のおかげだよ」
「うわ、何?」
「僕が色々手を打ったからね、長期戦も出来る用意もしておいたよ。食料、ポーションも充実しているから、休憩地点に来れば、前線復帰も簡単に出来る。王都から他のA級冒険者も連れてきたから、戦力的にも多少余裕あるよ」
思っていた以上の有能ぶりにちょっと引いた。
知ってはいたが、戦場にここまで余裕があったとは理解していなかった。
「さて、このままここで休憩するのと、疲労回復ポーション飲んで前線復帰、どっちが良い?おすすめは前者だけど」
「後者で」
「だと思った。はい、飲んで飲んで」
「自分で飲めるから!」
人員が足りていても、こちら側が有利な時程攻めるべきだ。つまり、私ものんびりしてられない。
「とりあえず、有難う。まあ、疲労が溜まったら、ここに来るわ」
「怪我しても戻って来てね」
「分かった分かった。手持ちのポーションがきれたらね」
適当に手を振る。前回と違い、カフの心配は、私の心を軽くしてくれた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
力強く、返事した。
気力満たんの状態で前線復帰する。
先程魔物を引き受けてくれた冒険者は、もう戻ってきたのかという顔で驚いていた。
息をひとつ吸う。
切って、蹴って、殴って、我武者羅に戦う。
無茶な戦いが出来るのは、私だけが頼りじゃないと知っているから。思う存分に戦える。
血しぶきが舞う。
全身血だるまで、
服の色も変色してしまった。
変わらないのは、髪の色だけ。だって、元々赤いから。
時々噛み付かれて、噛み返して。なりふり構わず戦った。
時間が経つにつれ、集中力が上がってきた。心は、戦闘に適した状態へと移行する。
何で、こんなに集中できるのだろうか。
いや、分かってる。カフのおかげた。
心配を消し、支えてくれたから。
守りたいという願いを、強く意識させてくれたから。
口角を上げ、ニヒルに笑う。そして、大剣を強く握った。
戦って、戦って、戦った。狂ったように。
誰が言った、「狂犬」と。
知らなかったのだろうか、我武者羅に、手段を選ばず戦うから、私は「狂犬」と呼ばれるのだ。
こうして、魔物の氾濫は解決した。
先陣を切って戦ったアリスと、大規模支援をしたブリダニア商会の名を轟かせて。
◆ ◆ ◆
「いやー、大変だったわね」
「そうだね、大変だっただろうね。大活躍だったし」
「そっちもね。大規模支援を実現させた、功労者さん。どうやったの?」
「父親に直談判。ブリダニア商会の商品は僕が価値を見いだしたものが多いんだ。でも、今までは全部商会全体の利益ってことにしてきたんだ。だから、大規模支援してくれなきゃ、それらの利益の所有権を主張するって宣言したんだよ」
「そんな風に出来るの」
「裁判も辞さない姿勢を見せた。まあ、僕が商会辞めるってことが一押しになったみたいだけど」
どんだけ、ブリダニア商会の重要人物なんだよ。
「とりあえず、平和を祝って打ち上げしない?」
「……まあ、良いわよ」
そう答えると、カフは目を丸くさせた。
「断られるかと思った。実質デートだし」
「打ち上げでしょ!」
そんな風に、談笑にしながら歩いていると、声をかけられた。
「カフ坊ちゃん、アリスさんと仲直り出来たんですね」
「喧嘩なんてしてないよ」
カフの知り合いだったようだが、あっちの方面でも、私達は喧嘩していたことになっていたらしい。
「仲が良さそうですし、プロポーズは成功したんですか?」
「してないよ」
「そうなんですか、一目惚れしてずっとアタックしてたのに……まだ機会はあります。頑張って下さい」
オマケに、この人の中ではカフが私に一目惚れしていたことになっていたようだ。
概要だけ聞けば、そう取れなくもないだろうが。思わず苦笑する。
カフも呆れたように否定する。
「僕は一目惚れじゃなくて、アリスさんのそばに居ると得するっていう勘に従ってしたの」
事実なのだろうが、損得勘定と宣言するから、こっちも受け入れたくなくなるのだ。こいつ絶対恋愛経験ないだろう、と私は密かに確信している。
「それ、可笑しいですよ。カフ坊ちゃんにそんな勘が働く訳ないじゃないですか」
「ん、僕の目利き知らないの?」
「知ってますよ。でも、物の目利きと人の目利きは種類が違いますよ。それに以前、カフ坊ちゃんは料理人の方を戦士だと間違えたことがあるくらいじゃないですか」
「いや、でも、アリスさんを見た瞬間、今までに無く視線が奪われて……」
「もう、坊ちゃん。それ、ただの一目惚れですよ」
カフの知り合いは朗らかに笑った。
カフは赤面し、無言になった。
そして、私はニンマリと笑った。
「えー、一目惚れだったんだ?私に」
「うぐっ……」
「私に一目惚れして、即プロポーズしたんだ。わー、情熱的!」
「う……あ……」
「どうしたの?何か喋ってみてよ。ほらほらー」
カフは無言で走った。
私は、即座に腕を掴んだ。
A級冒険者から、逃げられるなと思うなよ。
「打ち上げいくんでしょ」
駄目元で当初の目的を告げると、カフは抵抗を止めた。
「…………行く!」
カフの知り合いはもう居なくなっていたので、予定通り、酒場に向かった。
もし今、カフがプロポーズしてきたら、今度は考えてやらんこともないと思ったことは、秘密だ。