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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
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#4 社内恋愛族公園が懈い


 公園で食べたいです、という三越の提案に、快く賛同したわけではない。


 午後には会議が控えているし、ささっと食事を済ませて準備をしたかった。けれど、外で食べるのも悪くないかもしれないな、と迂闊にも思ってしまったのがいけなかった。


 この時期にしては珍しい、雲一つない青空と、夏の面影を残す生暖かい風が、サァ——、とビルの隙間を抜けて街路樹を揺らす。気持ちがいい天気だ。


 ずっと会社に籠りっきりでデスクワークをしているよりは、気分転換するのも悪くない。何よりも、三越が目をキラキラさせていやがって、あんな目をされてしまっては断るに断れないだろう。


 こういった甘い態度が舐められる原因になっているのかもしれないが、今は、「たーくん先輩、急がないと信号が赤に変わっちゃいますよー!」って、こちらを振り向いて左手を振り、急げや急げと我先に進む三越の後を追った。


 コンビニの前にある横断歩道を渡り終えると、退屈なオフィス街のオアシスとも呼べる中央噴水公園がある。


 都市計画が進行していく最中、どこか緑を残そうと提案されて、この公園が作られたのが経緯だ。


 名前のとおり、この公園の中央には大きな噴水が設けられていて、朝の八時から夜の九時までの間、一定の間隔を開けて水が吹き出す仕組みになっている。


 公園の周囲を囲むように残された街路樹は、忙しない日常から切り離そうとするようにビルを隠している。


 中央噴水公園を上空から見下ろすと、公園の全貌は長方形で、噴水から伸びる水路が左右を分断している。


 その形容から、別名・鍵穴公園とも呼ばれていたりするとか、しないとか。


 公園の両端には、背もたれが丸みを帯びた木製のベンチがずらりと並べられており、昼頃にもなると、ここらで働く者たちが弁当を持参して訪れる。だが、どこをどう見ても男女のペアが多い。


 それもそのはずで、この公園には三つ目の異名がある。


 その名も、社内恋愛族公園オフィスラヴァーズパーク

 若い連中は『オフパク』と略しているらしい。

 なんて卑猥な略し方をしているのだろうか。


 汚れた心には、どうしてもいかがわしい響きに聞こえてしまう。


 この公園が『そういう目的で使われている』ことをすっかり忘れていた俺は、両サイドのベンチに座るカップルたちの甘々しい雰囲気に当てられて、大きな溜息を吐いた。


 このカップルの中には、禁断の愛に手を出している者もいるはずだ。


 特に、中年カップルは要注意である。


 もしもこのカップル群の中にうちの会社で働く専務や部長やらがいてみろ。絶対に面倒なことになるに決まっている。はあ、懈い。


「社会人カップルって結構多いんですね」


 噴水周辺に並ぶベンチに座り、いちゃつきながら弁当を食べるカップルを羨ましそうに見遣るのは、三十路になる前に結婚したい願望の表れなのだろうか。


 そんなに結婚を焦る様子は見受けないが、二十代のうちに結婚するのと三十代になって結婚するのとでは、女性の『何か』が絶対的に異なるのだろう。


「いいなぁ、あたしも彼氏ほしいなー」

「逆に、その見た目で彼氏ができないのが不思議だぞ、俺は」

「きっと見る目がないんでしょうねー? ねー?」

「彼氏選びは慎重にな。お前の場合は特に気をつけろよ」


 俺が言うのも何だが、三越のルックスは相当なものである。体目当てに近づいてくる性欲魔人も多いはずだが、三越は俺を上手く盾にしている。


 そのせいで有らぬ疑いをかけられることも暫しあるけれど、後輩の純潔を守れるのであればお安い御用だ。一々否定して回る作業は面倒を極めるけどな。


「ここまで鈍感とは、たーくん先輩のATフィールド強固すぎ……」

「なにか言ったか?」


 空いてるベンチがないかと辺りを窺っていて、三越が何を言ったのか聞き取れなかった。まあ、三越のことだから大したことじゃないと捨て置く。


「つか、もう五分は経過しただろ。麺が伸びる」


 この際だ、背に腹は変えられぬ、とカップ麺の蓋を剥がそうとした時、左側でいちゃついていたカップルが席を離れ、茂みをずかずか踏み越えながらオフィス街に消えていった。


「あ、たーくん先輩、あのベンチ空きました! さ、座りましょう」


 臆面もなく声を張り上げたのは、「あのベンチはあたしたちの席だぞ」と誇示したかったに違いない。まるでブランコを独占したがる子どもと一緒だ。


 遠慮はしない。謙遜もしない。でも、諌言はする。……あれ? 三越って実は俺よりも世渡り上手なのでは?


「お、おい。引っ張るな! 汁が零れるだろ」

「座る前に蓋を剥がしたのがいけないんですーぅ。それに、カップ麺買うのが悪いんじゃないですか。罰として一口貰いますからね」


 何の罰だ。


「避難訓練の『おかしも』を教わらなかったのか。おかしも、はカップ麺を持つ俺にも適応されるんだぞ」

「幼い、可愛い、喋れる、揉みたい……ですよね!」


 断じてちげーよ。


「犯罪の臭いがプンプンするから本当にやめろ」


 三越莉子の闇を垣間見てしまった気がして、寒気がした。


「そんなことよりも、早く食べましょうよ。あたし、お腹が減って餓死りそうです」


 餓死る、などと言う言葉はないし、あって堪るか。


 とはいえ、三越の先程の言葉は、どうにも引っかかった。


 冗談だとは理解していても、『おかしも』をあんな風に例えるとは、正直に言って意外だ。


 もしや、恋愛経験がないせいなのか?


 経験を補うために本の知識に頼り、要らない情報まで吸収してしまったのならば、『幼い、可愛い、喋れる、揉める』も合点がいく。


 小学校から社会人になるまで彼氏ができたことがない、と、酔っ払った際に口を滑らせていた。


 だが、俺はどうにもその言葉を鵜呑みにできないでいる。


 俺の隣で美味そうにおにぎりにがぶっとかぶりついている三越は、見た目だけを言えばそれなりに上玉である。


 美人というか、可愛い系だ。


 丸いたぬき顔は愛嬌があるし、笑った際にできるえくぼもチャームポイントの一つで、性格は人懐っこく、悩みは人並みにあるだろうけれどその影を匂わせることもせず、仕事はミスを多発するが必要以上に落ち込むことはしない。


 女性らしさは欠けていても、それを補うほどの驚異的な胸囲がある。


 保護意欲を掻き立てるのは、背の低さも相俟ってだろう。モテない要素なんて何処にあるというのだろうか。むしろ、盛りすぎてギャルのプリクラみたいになっている。


 なのにも拘らず、これまで一度も男性経験がないなんて、逆に男共の根性のなさが窺えてしまうのだが——まあ、三越が漏れなく変人ではあることは言わずもがなで、それが評価を下げていたのだろう。そういうことにしておいた。



 

【修正報告】

・2021年9月30日……本文の微細な修正。

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