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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
28/28

#28 祝いの席は懈い


 中央噴水公園で出会ってから、ずっと引っ掛かっていることがある。


 美佳は、俺を公園で待ち伏せしていたのではないだろうか——。


 三越に提案されなければ、社内恋愛族公園オフィスラヴァーズパークなど眼中にない。でも、美佳は公園にいた。偶然を装い、素知らぬ顔で喫煙を注意してきた。本当は、確信があって公園にいたのでは? と、俺の中で疑問が渦巻いている。


 確信を得てあの場にいたのなら、間者の存在を疑わざるを得ない。真っ先に疑うべきは、公園に寄ろうと提案した三越だ。夕凪美佳と三越莉子に何らかの接点があり、美佳の願いを聞き届けるため行動に移したとすると、あの状況にも説明が付く。


 だが、三越が患者だったとして、その役目を完璧にこなせるとは思えない。しょっちゅうミスを連発するおっちょこちょいな性格の三越が、俺の前でボロを出さずにいられるだろうか? 答えは否だ。俺が三越の不振な動きに気がつかないはずがない。


 言うまでもないが、細井が間者という線もないだろう。もしそうだったら俺は自分のことを棚に上げて、細井を殴らなければならなくなる。理不尽だと思うだろうか……思うに決まっているか。


 間者の可能性はほぼなくなったが、では、どうやって俺の行動を予想できたのかが不明のままだ。一か八かの賭けに出たとしても、さすがに話が上手すぎる。ゴルフでホールインワンなどそうそう狙ってできる芸当ではないし、スロットで一回転目に『777(ジャックポット)』を揃えるのは奇跡の確率である。


 残る可能性は『尾行』と『張り込み』——。


 気取られないように俺の後をつけて電車を降り、会社まで尾行。俺の勤務先を特定した美佳は、何処か適当な場所でやり過ごして昼頃に所定の位置に戻った。昼休みになれば外出するはずだ、と、会社から出てくるサラリーマンたちを物陰から窺いつつ、出てくれば尾行を継続、出てこなければ帰宅だと脳裏に二択を用意して様子見を決め込んだ。


 会社から出てきた俺を見つけて、美佳は見事に賭けに勝ちを得る。コンビニから公園に移動した時は、控えめにガッツポーズしたんじゃないだろうか? そうして、公園の何処かで監視しながらタイミングを見計らい、偶然を装って声をかけた、と——。


 監視に尾行までとなると、あまり考えたくはないのだが、ストーカー疑惑まで浮上するけれども、二十八歳の男をストーカーするとは考え難い。


 自分の()姿()は自分が一番理解している。なんだか医者を前にした堅物の老人みたいな言い草になってしまった。レジの前で暴言を吐き散らしたり、車をコンビニに突っ込むような歳の取り方はしたくないねぇ……。


 とまれ、生まれてこの方、浮ついた話が持ち上がらない俺である。長年付き合った彼女はいたが、それはまた別の話。取り敢えず、この記憶はなるべく封印しておきたいんだよなぁ。嗚呼、古傷が疼く……。


 そもそも、美佳が俺に執着する理由がない——。


 彼氏を選ぶなら歳が近いほうが話も合うし、何の気兼ねもなくいつでも会える。勿論、俺に好感を抱いてくれているのは喜ばしいが、大人として、未成年と付き合うならばそれなりの覚悟が必要なのだ。俺にはその覚悟ができそうにない。美佳のことだって知らないことのほうが多いわけだし、付き合いながら知っていけばいいと言われても、その時間を捻出できる自信もないわけで。


 ガラガラガラ——、窓を開ける音がして、音の正体を確かめるべく顔を向けた。鉄筋コンクリート敷きのベランダを見て、「人工芝を引けば、無機質な雰囲気も変わるのに」と美佳は言う。そんな金はねえよ、と思いながらも、「そうかもな」なんて心にもない返答をした。



 * * *



 昼がすぎて、風も冷たくなってきていた。秋もそろそろ終わりを迎えて、厳しい寒さをしょってきた冬将軍の季節になる。細井の部屋にあった土鍋を見て、俺も土鍋を買おうかなと考えた。考えて、料理をほぼしない俺が買っても宝の持ち腐れだと結論に至った。一人暮らしに季節など、寒暖の差だけでしかないのかもしれない。


 ベランダに出た美佳の隣に立ち、「煙草いいか?」と煙草の箱を見せながら目で訴えた。美佳はこくんと頷いて、興味深そうに煙草を吸う俺をまじまじと見つめる。これ見よがしに得意技の輪っかを煙で作ってやると、美佳は驚いた表情を見せた。


「煙草って臭いのに、よく吸おうと思いますね」


 輪っかの感想じゃねぇのかよ。「凄いですね」とか「どうやったんですか」とかあるだろ。否定的な質問をこのタイミングでするのは、マイペースな美佳らしいけれど。一応、美佳のほうに煙が向かないよう風下を選んだり、距離を開けたりと考慮しているつもりだが、それでも臭う物は臭うようだ。


 吸っている者は気がつかなくても、非喫煙者の鼻はどこまでいっても敏感なのである。分煙のレストランでもそうだ。喫煙と禁煙を隔てる席で煙草を吸ってると、十中八九、隣の喫煙席に座ってる人が睨んでくる。じゃあそこに座るなよ、という正論は心の中に押し込んで、続けてもう一本吸うのが喫煙者のマナーだ。——そんなマナーはない。


「美味しいんですか?」

「さあ、どうだろうな」

「美味しいんですかって、聞きました」

「いやだから、わからねえよ」


 煙草という物は『考えるな、感じろ』の精神で吸う物だと俺は思う。煙草の味が美味いから吸っているわけじゃなくて、都合がいいから吸っているのだ。多分、こうとしか言いようがない。


 煙草があれば無口でいても不振に思われたりしないし、容易く相手と距離を取れるから便利っちゃ便利なアイテムである。酒の席で煙草を吸わないお偉いさんに絡まれた時、「ちょっと煙草いってきます」は、かなり有効な手段だ。


 因みに、「トイレ行ってきます」だと「それじゃあ私も行こうかな」って着いてくる可能性がある。女子高生の休み時間かな? マジでキツいんでやめてもろて——などと胸中で叫んでも届かぬ願いである。


 もし、おっさんと連れションする羽目になったら、したくもない大便器に避難して、喉に指を突っ込んで嘔吐する真似をすればいい。だが、この方法もおすすめはできない。部署に一人は必ずいる『性格が良いだけのヤツ』が登場し、強制的に転がされ、以降、酒が飲めず、宴も(たけなわ)でございますので、まで寝た振りを強いられるからだ。ソースは四年前に行われた毎年恒例行事、全部署強制参加の忘年会に参加した俺。


 我が社の忘年会はホテルの大ホールを借りて立食形式で執り行われる。食事が開始されると各部署の重鎮に挨拶回りするのが(ことごと)く懈くて仕方がなかった俺は、挨拶回りの最中に「部長、トイレ!」と作戦を決行。


 大便器で吐く真似をしているところ、同じ部署にいる面倒見がいいことで有名な先輩が颯爽と現れて、あれやこれやと介抱されているうちに、ホールの隅に作られていた椅子を並べただけの簡易ベッドに転がされていた。この時ほど「死にたい」と思った日はない。


 そんなことはどうでもよくて。


「まだ言ってなかったな——誕生日おめでとう」


 横目でちらと美佳を見ながら言う。


 美佳はぼうと空を眺めながら、「ありがとうございます」と実感なさそうに返した。



 

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