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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
27/28

#27 犯罪紛いなことをするのは懈い


 本日は夕凪美佳の誕生日らしい。


 それならそうと予め教えてくれればプレゼントの一つや二つ用意できたのに、と、食事処を探し歩きながら、小言のように俺は言う。美佳は俺の隣で「それじゃあつまらないと、思いました」とぼやいた。小学生の感想文かよ。変なところで区切る癖は相変わらずだ。


 駅前には、牛丼屋、カツ専門店、ラーメン屋、ネパール人が経営しているインドカレー屋などがあるが、どれも女子高生が好む食事処ではないだろう。


 誕生日にファミレスというのも芸がない。折角の誕生日なのだ。美味いものをご馳走してやろうと気を回すのが、人生の先輩としての正しい在り方である、と俺は思った。感想文じゃねーか。


「最近の女子高生はどんな食事を好むんだ?」


 後ろで手を組んで歩いている美佳に訊ねる。『最近の女子高生』という言い回しが妙におっさんっぽい気がしたけれど、美佳が望む物を食べさせてやりたい。


 美佳は暫く考えたのちに「鉄板焼き、ですね」と答えた。なるほど。言われてみれば確かに、鉄板で焼く肉や海鮮類はフォトジェニックな気がしないでも……ないな。


「一応、理由を聞こうか」

「わたしが言う鉄板焼きは、お好み焼きとか、もんじゃ焼きですけど」

「ああ、食べ放題の店が離れにあるな」


 ここからだと、タクシーを使って五分ってところか。


「でも、滝宮さんが想像した鉄板焼きは、高級なお店ですよね。わたし、そちらのお店には行ったことがないんです」


 逆に、その年齢で鉄板焼きの店に通い慣れていたら驚きだ。安定した給料を得ている俺でさえ、接待でしか行ったことがない。子どもは子どもらしく、寿司、ステーキ、しゃぶしゃぶ、すき焼き辺りで手を打たせるのが無難だろう。さきほど『美味い飯を食わせてやりたい』とぬかしていた男の、この期に及んで保身に走る、THE・大人、を体現するような思考の転換であった。


「行ったことがないって、言いました」

「馬鹿言え。子どもにはまだ早い」

「そうですか。残念です」


 多少はゴネると身構えていただけに、肩透かしな反応をする美佳。聞き分けが良いのは、最初からそのつもりがなかったということだろうけれど——じゃあ、と俺は別の提案をすることにした。


「鉄板焼きはまだ早いけど、折角の誕生日だしな。回らない寿司でもどうだ?」


 予算的にも妥当だと提案したのだが、美佳は頭を振った。


「高級なお店じゃなくていいです。滝宮さんがいつも食べているようなお店に連れていってください」

「欲がないな」

「白け世代ですから」


 俺が子どもだった頃は『悟り世代』なんて呼ばれたものだが、美佳たちは『白け世代』なんて呼ばれかたをしている。


 何事にも無関心で、言われた通り黙々とこなす姿勢が『白けている』と、少年・少女たちを見て、得意げな顔で意気揚々と風刺しているけれど、大人たちも似たようなものではないだろうか。


 俗に言う『指示待ち人間』が増加傾向にあるのも、幼少期からそう教育してきた大人たちの責任だ。自分たちを棚に上げて、自分たちの不始末を押し付けているようにしか思えない。それゆえに、俺は、討論番組で偉そうに持論を語る評論家が嫌いだ。


 それに、今を生きる子どもたちも、自分たちを『白け世代だから』と卑下してほしくない。目標を持っていなかった俺が『目標を持って進め』などと言えた義理ではないのだが、自らの可能性を否定して、殻に閉じこもり、容易く未来に絶望しないでくれと願っている。


「そうなると、コンビニでカップ麺とおにぎりになるけどいいのか?」 

「滝宮さんって、食に関心がないんですね」

「そんなことはないぞ? 俺だって、普段から美味い物を食べれるなら食べたいもんだ」


 言うと、美佳は空を見上げながら、


「彼女の手料理、とか?」


 ぼそっと呟いた。


「彼女はさておき、手料理はいいな」


 そう言われてみると、社会人になってから今日まで帰郷していない。実家に帰ったところで父親と母親が俺を歓迎するとも思えず、年末年始も借りているアパートで過ごしていたが、ふとした瞬間、幼少期に鍋を囲んで食べたあの味を思い出す時がある。辛いのが苦手だったのに、鍋といえば毎回のようにキムチ鍋だった。


 今にして思えば、一応、辛みを抑えて作っていたのだろう。でも、自分たちの好物だからって、辛いのが苦手の子どもにキムチ鍋を食わせる神経を疑う。……まあ、そのおかげか、辛い味にも大分慣れて、激辛も食べられるようにはなったのだが、怪我の功名とは言ってやりたくはない。


「手料理が食べたいって、言いましたか?」

「え」

「手料理が食べたいの? って、聞きました」


 同じ質問を繰り返さなくていい!


「外食だって手料理だろ。料理人が作ってるんだし」

「それは屁理屈です」


 女子高生に『屁理屈を言うな』と指摘される、二十八歳の秋。秋刀魚が美味しい季節で、秋味のビールがスーパーマーケットに並ぶ。秋味と言われても、秋の味がどういう味なのかろくすっぽわからない。が、見かけるとついつい買ってしまうんだよなぁ……。


「滝宮さん」


 はたり——、足を留めて、美佳が俺の服の裾を掴んだ。


「スーパーに行きましょう。わたしが滝宮さんに手料理の真髄を教えてあげます」



 * * *



 自分の誕生日であれば、他人に料理を作ってもらうってシチュエーションも悪くはない。しかし、今日は俺の誕生日ではなくて、俺を呼び出した美佳の誕生日である。


 どうしてこんな流れになってしまったのか。何より、独身男性の部屋に上がり込んで、スーパーマーケットで購入した食材を我が物顔で料理している女子高生に、ある種の不安を覚えてしまった。


「料理器具は一通り揃っているのに、使われた形跡がほとんどないっておかしくないでしょうか?」

「失礼な。これでも一応は使ってるぞ。包丁とまな板と……ヤカンくらいは」


 もっと言えば、フライパンだって使うし、鍋も使っている。フライパンは酒のつまみを作る時に、鍋は、レトルトカレーやパスタを茹でる際に。——だから、全く料理をしないということもない。麺とソースを茹でて和えるだけの物を『料理』と呼んで良ければの話だが。


「炊飯器はあるのにお米もないなんて」

「あるぞ。チンするやつが」

「電子レンジに頼らない」

「すみません……」


 手料理を作る名目で美佳を部屋にあげたけれど、これは、法的にアウトなのでは? 念のために、美佳には家に連絡を入れさせたが、それだって「友だちの家に遊びにいく」で、虚偽報告だ。いや、一概に嘘とは言えないけれど、俺と美佳の関係を『友だち』と呼ぶには些か不都合があるというか、年齢的にもどうなのか……難しい。


 そんな俺の憂いなどお構いなしに、堂々と俺の部屋で料理を作っている美佳は、何を考えているのかさっぱりわからない。パスタ作ってるなら一目惚れしてしまう可能性もなきにしも非ずだが、そもそも未成年を恋愛対象にするなど有り得ないわけで、美佳だってそれは同じはずだ。


 落ち着かない時間がすぎて、完成した料理を美佳が運ぶ。「手伝おうか」と声をかけたが、「座っててください」と強めに拒絶されてしまった。しょぼーん、と思った。


 テーブルに並べられた料理の数々は、どれもこれも食欲を掻き立てられるよう見栄えよく飾られている。大皿に盛り付けられた青椒肉絲に、水餃子入りの中華スープ。こってりした物ばかりではと考えて、小丼にはキャベツの浅漬けに胡麻を塗した昆布が乗せられていた。


「どれも簡単な物ですが」

「いやいや、恐れ入ったよ。まさかここまで作れるとはな」

「誕生日に相応しい食事とは言えませんけどね」


 美佳は頬を赤らめながら、照れくさそうに言う。


「どっちの誕生日なのやら」


 苦笑する俺に、「いんです。これで」と美佳は言った。


 誕生日を迎えたご本人がそう言うのだから、これでいいのだろう。とはいえ、俺ばかりが得しているのはどうなのだろうか。俺が美佳にしてあげられることなど高が知れているけれど……。


「冷めないうちに食べましょう」

「——ああ、そうだな」


 他人が作った料理を口に運ぶのは久しぶりで、「美味い」としか感想を言えなかった。それでも、美佳は、嬉しそうに目を細めて、「ありがとうございます」と小声で返す。


 傍から見れば、仲睦まじい親子のような、歳が離れた兄妹みたいな構図ではあるのだが、俺には、一つだけ、気掛かりなことがあった。美佳が作った料理の数々はどれも美味い。お世辞を抜きにしても大したものだ、と感心してしまうほどに。


 だからこそ——。


 これらの料理が俺に振舞われているその意味を、俺の部屋に来たがった真意と、ここまでの好意を向ける本当の理由を、成人した大人として、美佳に訊ねなければならないだろう。



 

【修正報告】

・報告無し。

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