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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
26/28

#26 突然の呼び出しは懈い


 土曜日、午前一〇時半と数秒、地球が何度廻ったかまではわからないけれど、あまりにも非現実的な状況に、俺の心が叫びたがっていた。


 思い起こせば確かに、いろいろと軽率な行動を取ったのは認める。


 謎が多い女子高生と似非二重人格のバンドウーマンに言い寄られ、気軽にメッセージアプリのIDを交換したのは思慮が足りなかった。けれど、まさかこのような事態に陥るとは、いったい誰が予想できただろう。


 ここまでずっと鈍感なラノベ主人公よろしく立ち回り、相手から出題される問題の選択肢にも『我が社に持ち帰って再検討致します』と、のらりくらり回避してきた。それでも、人生とは何が起こるかわからないものである。


 室外機の上でバイブレーションし続けるスマホは、俺の浅はかだった行動に対してブーイングをかましているようだ。その様子を尻目に、俺は大空を見上げて寝起きの一服タイム中である。今日も天気だ煙草が美味い。


 いくらハンドタオルを敷いているからといって、振動音はそれなりに響く。近所迷惑にもなりかねない——と、意を決してスマホを手に取り、メッセージアプリを確認。


 トーク選択画面に表示されるのは、メッセージを飛ばしてきた相手のアイコンと未読メッセージの数字。上から順に、(ゆう)(なぎ)()()・十三件、アスタリスク・八件、(みつ)(こし)()()・六件。——おまけ、(ほそ)()(やすし)・三件。


 細井のメッセージは『スタンプが送信されました』に隠されて、どのような用件かは開かないことにはわからない。だが、予想はできる。どうせ細井のことだから、飲みにでも誘ってきたのだろう。急用でもなさそうなので、細井への返信は後回しにする。


 次に、六件のメッセージを飛ばしてきた三越のトーク画面を見る。


 最後の送信だけが表示されるトーク選択画面には顔文字だけが表示されていて、何の用事かわからない。その顔文字だって脈略もへったくれもない物だ。『ブォン』と爆弾を投げつける顔文字を見て、俺に何を伝えたかったのかがぴんときた者がいれば教えてほしい。


 八件のメッセージを飛ばしてきた、パンクバンド『Catharsis(カタルシス)』のボーカル『アスタリスク』こと、本名、(くる)()()()()の最終履歴は、動画サイトのURLで締め括られている。このURLはバンドの公式アカウントか? だとすればただの売名じゃねーか。


 ひととおりツッコミ終えたところで、最後の難所、十三件も飛ばしてきた夕凪美佳の最終履歴を見た。


 俺が寝ている間にこれほどのメッセージを飛ばしてきたのだから、よっぽど俺に伝えたいことがあったのだろう。しかも、美佳だけは用件を最後に、端的に送信している。


 この時点で他の者よりも頭がいいのは明確なのだが、その用件が『十一時、駅前の時計、来て』である。時刻は現在一〇時五〇分を回ったところ。どう頑張って支度しても遅刻確定だ。というか、有無を言わさないこの感じ、どうにかならないもんかねぇ……。




 遅刻するとは伝えたが、それでも一〇分の遅刻で済ませた俺を褒めてほしいものだ。女子高生に呼び出されてほいほい向かう俺も俺だが、青春真っ只中の学生が、二十八歳の男——美佳には二十五歳とサバを読んでいる——を捕まえる意味がわからない。


「今日もいい感じに()(だる)そうですね」


 開口一番に皮肉を飛ばす美佳。


 ともあれ、いい感じの気懈さとはなんだろうか? 女子高生の感覚はよくわからん。気持ち悪いところが可愛いと言ったりするもんな。気持ち悪い物は気持ち悪い物であり、それ以上でも以下でもないと思うのだが。なんだろう、政治家兼俳優である誰かさんの語録みたいになってしまった。


「でも、本当に来てくれるとは思ってませんでした。ありがとうございます、きみやん」

「なんでその名を知ってるんだ!?」


 中学時代、それは、人によっては暗黒時代とも呼ぶべき時代である。


 とある者はノートの表紙を黒の油性ペンで塗り潰し、架空の世界で大冒険をする自分のステータスを記入したり、とある者は珍しい色のビー玉を『魔石』と呼んで持ち歩いたり、とある者はネット通販で購入した漆黒のローブを身に纏い、手首に包帯と鎖を巻き付けて、封印などされていない邪竜の呪いに耐えてみたりする。——まあ、それらの『とある者』とは漏れなく全部過去の俺なのだが。


 そんな俺が使っていた名前が、聖剣の勇者『キミヤン』だった。


 邪竜を片腕に封印しているにも(かかわ)らず、聖剣の勇者というのはこれ如何に? な、がばがば設定だが、当時の俺はその辻褄の合わなさが最高にクール(=格好いい)と思っていた。


 しかし、聖域——触れられたくない、という意味——はいつの時代も侵されるものである。


 暗黒の書(=表紙を黒で塗り潰したノート)を勉強机の引き出しから発見したクラスメイトが俺の真名を知り、『キミヤン』と呼び始めたのだが不幸の始まりだった。あれはもう尋常ではないほどに恥ずかしかった。ショックが大きすぎて、その日のうちに『聖剣の勇者』を卒業してしまったほどである。


「頼むからそのあだ名で呼ぶのはやめてくれ……俺に効く」


 美佳は何が何やらと困惑めいた表情をしながらも地雷を踏み抜いたことを察し、ぺこりと頭を下げて「ごめんなさい」と謝罪した。


「たーくんと呼ばれるよりも苦痛を覚えるあだ名って、あったんですね」

「人にはそれぞれ歩んできた道があるんだ。その道の途中で嫌な思いをすることだってある。それでも人間は生きていかなきゃならない。そうだろ?」

「言ってることはごもっともだけど、何だか情けない話に聞こえてしまうのはどうしてでしょう?」


 いやもう本当にこの話をスコップでぐんぐん掘るのはやめて! 俺のライフポイントがゼロになるから! エターナルフォースブリザード・戒——いましめ、の意——、とか具体的な名称がぽろっと出てきちゃうから! ……死にたくなってきた。


 胸中で、アラララッ、アアンッ、と、某ラッパー風に咳払いをして。


「俺を呼び出したのは、買い物に付き合えってことでいいのか?」

「はい」


 美佳は顎を引く程度に頷く。


「何の買い物?」

「誕生日プレゼントです」


 殊勝な心がけではあるが、プレゼントを渡す相手に面識のない俺が選んだところでその人は喜ぶだろうか。俺だったら見ず知らずのおっさんにアドバイスされたプレゼントを渡されても素直に喜べない気がする。だから、おっさんじゃねーよ。


「因みに、渡す相手は友だちか?」

「そうですね……その判断は難しいかもしれません」


 どうにも煮え切らない回答だ。


「友だちじゃないとすると、彼氏候補とか?」

「恋愛感情にまでは発展してないかもです」

「オーケー、降参だ。相手がわからない以上は何をプレゼントするのがいいのかもわからん。教えてくれ」


 肩を竦めながら(こん)(がん)すると、美佳は踏鞴(たたら)を踏むように数歩前に出て、くるりんとその場で半回転する。チェック柄のスカートが遠心力によって広がり、あとちょっとで見えそうだった。何がとは言明しない。


 俺の方を向いた美佳は、得意げな顔でこう言った。


「わたしです」と——。



 

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