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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
24/28

#24 ご本人確認するのは懈い


 今日だけで何度、『夢』という言葉を耳にしただろうか。


 夢を諦めて堅実に生きるとした者、飽くなき探究心を満たすために無謀な夢を抱いた者、未だ現実と夢の狭間で右往左往している者たちと出会っても、『意外だな』とか、『凄いな』とか、『青臭いな』とか、そんなお粗末な感想しか出てこなかった。


 俺には、彼、彼女たちのように、立派な夢を抱いた記憶がない。


 小学生の頃に『将来の夢』を題材にした作文を書けと言われて書いたテーマは『宇宙飛行士になる』だった。


 本当に宇宙飛行士になりたかっとのかと問われると、そうではない。宿題をしながら見ていたテレビで宇宙飛行士の特集をしていて、題材にするには手頃だっただけのこと。


 宇宙飛行士に対して、憧れも、敬意も、尊敬も、胸を熱くするようなきっかけもない。規則正しい隊列を組む蟻の行列を観察するように見たままを作文用紙に書き、然も夢を語る少年のような心持ちで提出した。


 大人は『夢を持て』と子どもたちに説き、アーティストは『夢は必ず叶う』と歌う。欺瞞だ。嘘っぱちと言ってもいい。


 夢を叶えられる人間など一握りで、それでも夢を追い続けるならば相応な覚悟と努力をしろ、と、どうして教えてやれないのだろう。


 無知であるがゆえに抱いた夢が砕け散った時、大人たちは支えるどころか見て見ぬ振りをして突き放すだけだというのに。


 自室に戻った俺はシャワーを浴びて、酔い覚しにベランダで一服していた。


 数分前までホットだったマグカップはとっくに冷えてしまっている。中身はインスタントコーヒー。インスタントコーヒーをここまで不味く淹れられることに関して俺の右に出る者はいない。自慢にもならないんだよなぁ……。


 防音があまり効いていないこのアパートでは、隣人が見ているテレビの音がバックミュージック代わりだ。


 今日はアイドルのライブDVDを見ているようで、『いくぞー!』と威勢のよい掛け声の後、しんみりしたバラードソングが披露された。


 いくぞー! と声を上げた意味を数分悩んだが、なるほど、サビで盛り上がる曲だった。アイドルソングの奥も深い——のかもしれない。


 アイドルになった彼女たちは、夢を追ってオーディションを受け、見事に夢を掴んだ。


 彼女たちは芸能業界の理想と現実に四苦八苦しながらも、日々努力を惜しまず、そんな苦労を噯にも出さずにファンたちに笑顔と歌を届けている。


 高校生くらいの年齢の子たちが、一回り、二回り年齢が違う大人たちを熱狂させるとは、素直に脱帽だ。


 曲がラストサビに突入し、観客たちの盛り上がりも最高潮に達した時だった。室外機の上に置いていたスマホが、空気を読まずに通知音を鳴らす。


 メッセージアプリでのやり取りが主流になりつつある昨今のスマホ報連相事情でメールを飛ばしてくる相手といえば、取引先、登録した企業のお得情報、スパムメールのどれかだ。


 どうせ今来たメールも碌な物ではないと高を括って無視を決め込んでいると、再びメールを受信する我が愛機(スマホ)


「こんな時間にメールを連投してくる非常識な企業はどこのお企業様でございますかっと」


 スマホを拾い上げて差出人の名前を見ると、見知らぬメールアドレスが表示されている。スパムかよと吐き捨てながらも、興味本位で本文を確認した。


 一通目には、『なんで名刺にIDかQRコードを貼ってないわけ?』といういわれもない苦情が書かれており、二通目には送り主の名前とQRコードが添付されていた。


「そういえば、アリスに名刺だけを渡したんだったか」


 酔っ払いとのやり取りが懈かったのと、早く帰りたい欲求があって名刺だけを渡したのを、ついさっきまで忘れていた。


 というか、常識的に考えて、数時間行動を共にしただけの相手に連絡を取ろうと思うだろうか?


 普通、信用ならない相手に連絡はしない。


 そこら辺に名刺を捨てられるオチだろうと思っていただけに、この展開は予期していなかった。


 面倒臭ぇと愚痴を零しながら、アリスのメッセージアプリのQRコードを読み込む。


 すると、表示されたのは真っ赤なエレキギターのアイコンと、『来栖明日花』の名前。読み仮名は『くるすあすか』だろうか。——アスタリスクって活動名は本名のアナグラムかよ!


 登録はしたが、何を送ればいいやら。『さきほどはお世話になりました』では、さすがに堅苦しい。『登録ありがとうございます』だと、企業の公式と思われてしまう懸念がある。


 ここは相手のキャラクターを尊重し、『シェケナベイベー』とでも送るのが正解と見た。ツイスト・アンド・シャウトの精神だ。ロケンローゥル、オケィ?


 冗談はさておき、無難に「滝宮です」とだけ書いて送信ボタンを押すと、間髪入れずに返信がきた。コイツ、絶対に待機してたな。メッセージを送った瞬間に既読が付いたのが何よりの証拠だ。


『あ、アスタリスクです……』


 ええ、それは存じ上げておりますが……なにやらバーで絡んできた時と様子が違うぞ?


「お前、本当にバーにいたアリスか? 疑うわけじゃないが、俺が奢った酒の名前を書いてくれ」


 一応、本人確認をする。別人ってことはないだろうけれど、メールの文面とメッセージアプリの印象が全く異なるので、俺はありとあらゆる可能性を考慮した。


『ジントニックです……』


 正解である。しかし、あの場にいた者であれば、アリスに奢ったカクテルの名前を言い当てられてもおかしくはない。


 大河内がアリスの名を語ってる可能性もなくはないが、仮にそうだとしても、大河内がアリスの名を語る理由がなかった。そんなことをするような男でもなさそうだったしな。


「すまないが、本当にアリスなのかを確かめたい。可能であれば写真を送ってくれないか? お前がアリスだと確認できる写真であれば構わない」

『いまパジャマ姿なので、写真を送るのは恥ずかしいです……』


 三点リーダーのあとに泣き顔の顔文字まで付けてこられると、パンクを愛して止まない出で立ちをしていたアリスとは到底思えなかった。どちらかとえば内気で物静かな少女のような、窓際で文豪作品を読んでいる印象を受けてしまう。


 暫くすると、『これでもいいですか……?』アリスが文字と一緒に一枚の写真を送信してきた。


 その写真は自動二輪の免許証で、名前と顔写真以外は左人差し指と右親指で隠してある。一度動画で撮影して、ピンボケしてない箇所をスクショして送信してくれたようだ。


 緑色の毛髪に棘のスタッツでアレンジを加えたライダースジャケットの服装は、紛れもなく俺が知る、アスタリスク、その人である。


「疑って悪かった。申し訳ない」

『いいえ、こちらこそごめんなさい……』


 謝罪をしたのは俺なのだが、どうしてか謝罪を返される。


 ダンティ・ディ・レオーネで会ったアリスの印象は、口が悪くてちょっと男勝りな女性だったけれど、メッセージアプリを通した『来栖明日花』はパンクロックの面影もないお淑やかな少女のようである。——もしかして二重人格とか?


「ええと……」


 謝罪を謝罪で返されると、どうしていいのかわからないんぐ。わからないを現在進行形にしたところで会話の(いとぐち)にすらならないのだが、当惑したままの頭脳では、アリスと来栖が同一人物だと判断できそうもなかった。



 

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