#23 年齢不詳は懈い
口の悪い女は俺が奢ったジントニックを一口飲んで、「アスタリスクだ。アリスとも呼ばれてる」と言った。見た目からしてバンドを組んでいそうな服装をしているのを鑑みると、名乗ったのは、芸名、源氏名、コードネームだと推察する。コードネームは違うか。
「アンタは……。たーくん、だったかな?」
「たーくん言うな。俺の名前は滝宮だ」
「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
そう言ってまたジントニックを呷る。見た目こそ九〇年代のパンクロッカーだが、顔立ちはどこか幼さが残っている。思うに、二十歳そこそこだろう。大学の軽音楽サークルに所属していそうな雰囲気だ。
「アンタ、この格好が気になってるんだろ?」
「え? ああ、まあ、そうだな」
どっちかと言うと服装ではなく、暴れん坊な二つの将軍に目が向いてしまうのは男の性ってやつだ。
「Cataharsisって名前のパンクバンドでボーカルをやってんだ」
「大学で?」
「大学は卒業したよ。社会人しながら活動してる。この辺じゃ結構知名度あるんだけど、興味ないヤツには無名と変わらないか。ま、ちょっとでも興味あればライブに顔を出して。歓迎するからさ」
一応は頷いておいたが、この歳でライブハウスの爆音を耳にするのは厳しいものがある。残念ではあるけれど、アスタリスクがステージで歌う姿を目にする日は来ないだろう。
ただ、一緒に行く相手がいれば考えなくもない。しかし、細井はこの手のジャンルを嫌うだろうし、三越も柄じゃない。未成年の美佳を誘うわけにもいかないしなぁ……。
「やっぱり有名になるのが目標か?」
俺の問いに、アスタリスクは頭を振った。
「有名になってメジャーデビューすれば、音楽一本で生計を立てられるかもしれない。そうなればいいなって思うこともあるけど、それじゃあやりたい音楽ができなくなる。こんなこと、売れてから言えって話だけどさ、売れる曲を作るよりもやりたい音楽を演奏したいんだ」
と、アスタリスクは熱弁した。言い分は肯んずるところもあるのだが、どうにも青臭さが滲み出ているように思えた。
レーベルに所属すれば、運営サイドがバンドの方針に口出ししてくることもある。移籍したばかりの無名アーティストなんかは特にだ。売れないアーティストを抱えていられるほど音楽業界は緩くない。
けれど、最初から『メジャーに移籍したバンドはクソだ』と一蹴するのもどうなのか。
メジャーになれるバンドは一握りで、裏を返せばそのチャンスをモノにするだけの技量があったとも言える。一発屋と罵られようと、世間に認知されれば儲けもんと考えるべきだ。
しかし、本人も『売れてから言え』と言うくらいだし、自分の立場を理解しての発言だったのだろう。ほんの少し、『メジャーデビューしたバンドはクソだ』感が拭えないだけ。かなりの重病というか末期じゃねーか。
ジントニックを飲み終えたアスタリスクは、大河内に「ゴッドファーザーを」と注文した。チャララチャラチャラチャララチャラ〜、脳内で哀愁漂ようファーザーのテーマが流れる。因みにだが、映画本編は見ことがない。
「たーくんはもう飲まないの?」
俺の呼び名は『たーくん』で固定されたようだ。——懈い。
「散々飲んだ後だからなぁ……マスター、水とウォーターと氷を使ったカクテルを頼む」
「いいですけど、カクテルとするとお金を取りますよ?」
「すんません、水をください」
冗談ですからと大河内は笑い、アスタリスクが注文したゴッドファーザーなるカクテルを作り始めた。作り方は至ってシンプルで、氷を入れたロンググラスにスコッチウイスキーを四十五ミリリットル、アマレットリキュールを十五ミリリットル加えて軽くステアするだけ。ステアとはカクテル用語で『素早く掻き混ぜる』の意味だ。
「アマレットリキュールのアーモンドの香りを楽しみながら、十五分〜二〇分かけてゆっくり飲むのが一番美味しい飲み方です」
不思議そうに手元を眺めていた俺に、大河内が解説してくれた。
「ファーザーがあるってことは、マザーもある?」
「ございますよ」
大河内はリキュール棚とウイスキー棚からそれぞれ適した物を取り出して横一列に並べる。
「ウイスキーをベースにしたのが『ゴッドファーザー』で、ウォッカをベースにしたのが『ゴッドマザー』となります。どちらもアマレットリキュールを使用したカクテルですが、アマレットの香りを純粋に楽しみたいのであればマザーでしょう」
この店で使用しているウォッカのボトルは、スーパーマーケットにも販売しているオーソドックスな物だ。
瓶の容器に入った同名のレモンテイストドリンクは、大学生ともなれば一度は口にしたことがあるだろう。かく言う俺も何度か飲んだ経験があるけれど、市販品は甘すぎて舌が痺れてしまい苦手である。
「このボトル自体は一六〇〇円前後で購入できますので、購入するハードルも低いですね。こちらのアマレットリキュールはそれなりな値段ですが」
ほう、とか、へえ、と相槌を打ちながら大河内の話を聞いていると、アスタリスクが「おい」と不満げに俺を呼んだ。
「アンタ、隣に女が座ってるのに、他の男とばかり絡むのか?」
カクテルの話に興味津々でアスタリスクのことなどすっかり忘れていた——とは言い出し難い雰囲気である。
「初対面だしな。どんな話をすればいいのか……」
「この前も隣に座ってたんだ。初対面じゃない」
覚えられていた!? いや、そういえば自己紹介をした時に、俺の不本意なあだ名を知っていた。
ということは、だ。
あの日、俺と細井の会話を聞いていたことにもなる。それってかなりやばくね? あの日は美佳の話で持ちきりだったし、俺が初対面の女子高生と連絡先を交換したと知られているのでは!? っべー、めっちゃやべー。ヤバすぎて語彙力が吹き飛んだ。
「というかだな、アスタリスク」
「アリスでいい」
「じゃあ、アリス。いいか、俺は二十八歳だ。年長者には敬語を使うものだ。社会人なら常識だろう?」
「はあ、アンタ、白けるようなことを言うんだな」
やれやれとばかりにアリスはグラスをぐいと呷り、トンッ——、とテーブルに置いた。
「いいか? 酒場では年上も年下もない。それに、本名だって名乗る必要はないんだ。こういった場所では『あだ名』で通すんだよ」
そうなのか? と大河内に目で訴えると、大河内は「さあ?」と小首を傾げた。
「と、兎にも角にもそういうことなの! わかったか!?」
「そういうことにしておいてやるよ。で?」
「で? とは?」
「年下なのか年上なのかって聞いてるんだよ」
アスタリスクは夋巡して、「教えない」と呟いた。
「それくらい教えろよ。対等なんだろ?」
「い、や、だ」
あー、酔っ払いめんどくせぇー……。
「一杯付き合ったし、もういいだろ。そろそろ帰りたいんだが」
「ちょっと待て。連絡先を教えろ」
「どうして教えなきゃならねぇんだよ」
「女子高生には教えたんだからいいだろ、それくらい」
やっぱり聞かれていたか。
「そこを攻められるとぐうの音も出ねぇな……。わかった、名刺を置いていくから。これでいいだろ?」
「サンキュ。ライブチケットのノルマに貢献してよね」
どうせ最初からその腹だったのはわかっていたが、社交辞令も知らないのか。本当に二十歳をすぎてるんだろうなぁ? アリスが未成年だったら大河内が東尋坊に身投げしなきゃならなくなるぞ。いやマジで本当に、年齢確認は済んでるよな?
【修正報告】
・報告無し。
活動報告にも力を入れてます。
興味がある方は覗いてみて下さいませ。




