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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
22/28

#22 終われない夜は懈い


 (おお)()(うち)()(れん)は、大学時代に、仲間たちとともに『カクテル研究会』を立ち上げた。もっとも、最初の二ヶ月は研究という名目での飲み会が続いたらしい。最初はそれでもよかった。と、大河内は苦い記憶を思い出しながら(とう)(とう)と語る。


 ()()()になって堂々と酒が飲める年齢に達した大河内は、大人の(たしな)みとも呼べる『バー』に憧れていた少年時代の夢を追うため、行ける範囲にあるバーを渡り歩いた。いつの日か自分も店を持つんだ、と決意して——。


 一年生しかいないカクテル研究会のメンバーたちは、大河内の志の元に集まったわけではない。なので、真面目な研究をするよりも気軽にわいわいやれる大衆居酒屋を好んだ。


 酒(=カクテル)に興味を持ってもらうためだ、と居酒屋飲みに我慢して付き合っていた大河内であったが、彼らが好むのはカクテルではなく、麦酒(ビール)と、チューハイと、ハイボール。それらが悪いとは言わないけれども、カクテル研究会の趣旨とはかけ離れている。


 このカクテルが美味しい、と大河内が勧めても、大衆居酒屋のドリンク担当が作るカクテルの味は雑だ。サークルメンバーたちは本格的なカクテルの味を知らないので、大河内がカクテルを勧めても「それよりもビールのほうが美味い」と言う。以来、大河内はサークルで孤立していった。


 大河内がサークルで孤立してから一年が経過したある日、一人の女生徒がカクテル研究会の門戸を叩いた。一応、サークルの代表は大河内である。新入生の対応などといった雑務を一挙に引き受けてはいるが、新人加入も気乗りがしない。どうせ彼女も大衆居酒屋で手頃な酒を呷るのが良いのだろう、そう思いながら入会手続きを済ませた。


 新人を歓迎しない理由は数多にあったが、「一番の理由はそこにあったんです」と大河内は言った。カクテルの研究をする名目で発足したサークルが、烏合の衆の飲みサーになり果ててしまったのだ。鑑みれば、大河内の気持ちもわからなくもない。


 大河内の予想どおり、新人の女生徒は気軽な大衆居酒屋組に誘われて合流し、彼らと行動するようになった。結局、志のない者は、志のない者たちに集まるもの。


 類は友を呼ぶなんだと諦めていた某日、その女生徒が大河内の元へとやってきてこう言った。「カクテルの作り方を教えてほしい」と。


 話を聞くと、彼女はバーテンダーになるのが夢だったようで、その足掛かりになればとカクテル研究会に参じたようだ。しかし、その実態は単なる飲みサーで、最初こそ先輩たちに従って大衆居酒屋巡りをしたのだが、どうにも我慢ならずに離脱したとのこと。


「その女性が今の奥さんで、一緒に働いてる彼女なのですが」


 恥ずかしそうにもう一人のバーテンを見遣る大河内の目は、とても優しい目をしていた。


「奥さんと一緒に働いてるのか。個人経営店ならではだな」

「一緒に働きたいと言い出したのは彼女なんですよ」

「仲がいいんだな」

「家では尻に敷かれてますがね」


 とはいえ、幸せな日々を送っているのだろう。


「資格を取ったのは在学中に?」

「ええ、妻と一緒に取得しました」


 それはまたお熱いことで。


「しかし、大河内さんは凄いな。こうして夢を実現している」

「いえいえ、まだまだですよ。今はワインソムリエの資格を取ろうと勉強していまして、いずれは全てのアルコールドリンクに精通したいと考えています。これこそ夢物語ですが」


 俺は、大河内が語る、壮大で、無謀で、聞く人が聞けば『(たい)(げん)(そう)()だ』と吐き捨てられてしまう夢の一旦を目の当たりにして、驚きを禁じ得なかった。


 俺よりも若いであろう男が、漢としてバーカウンターに立っている。その向上心も然ることながら、夢を夢として終わらせない直向(ひたむ)きな努力に敬意すら覚える。


「叶わないと知って、それでも尚、目標に向かって進み続けるのは怖くないか?」

「知識の全てが無駄になるとは思いませんし、妻に、最高のオリジナルカクテルを作ると約束してしまいましたので」


 約束を守るために邁進するその精神は、かつて日本にいた侍に通ずるものがある。なるほど、バーテンダーとは武士道なのか。腰に携えた刀をシャイカーに変えて、最高のカクテルを目指して振り続けるのだ。


「完成したら、俺にも飲ませてくれないか?」

「もちろんですよ。でも、完成する頃にはおじいさんになっているかもしれませんね」

「老後の楽しみにして、気長に待つさ」


 酒の勢いで臭い台詞を吐いてしまったと苦笑いしていると、


「最後に一杯、長話に付き合わせてしまったので奢らせてください」

「じゃあ、マスターのお任せで」

「かしこまりました」


 出されたカクテルはウイスキーをベースにしたカクテルだった。某ドーナツ店で人気の品とほぼ同じ名前なのだが、その歴史はかなり古いらしく、クラシックカクテルに分類される。飲みかたも千差万別なのだそうだ。


 グラスに落とされた角砂糖をマドラーで削りながら飲むようで、慣れないうちは削ってはちびりと飲み、削ってはちびりと飲みの()(こう)(さく)()が続く。


 食事の表現で『面白い』が使われたりするが、角砂糖を削る度に表情を変える味こそ『面白い』と言えるだろう。


「ご馳走様。一人でバーに来るのも楽しいもんだな」

「わいわい楽しく飲むのもいいですが、一人でしっぽりやるのもバーの醍醐味です。またのご来店をお待ちしております」


 席を立ち、出入口に向かう。カクテルは度数の高い酒だ。いつもよりふわっとした感覚が強いのは、飲み慣れないウイスキーが足に効いているのだろう。いやいや、最後の一杯はマスターの好意。それを悪く言うのはさすがに——。


 ドンッ——、体に鈍い衝撃が走ったと思ったら、「きゃんっ」と可愛らしい仔犬の鳴き声が聞こえた。……仔犬? 酒場に仔犬を連れてくる客などいるだろうか。それに、先程の衝撃は大型犬がぶつかってきたような衝撃があった。四足動物を飼ったことがない俺が思うのだから間違いない。間違いだらけじゃねーか。


 眼前で床に尻餅を()いた女性は、恨めしそうに俺を睨め付けている。やはり、四足動物を飼ったことがない人間の想像力では、飼った経験のある者に敵うはずもない。とはいえ、俺を睨む女性の首には首輪のような物が嵌められている。——そういった趣味の方かな?


「ぼうっとしてないで起こしたらどう?」

「あ、ああ。いや、申し訳なかった。怪我はないか?」


 手を差し伸べて立ち上がった女性の姿を見て思い出した。細井とこの店で飲んでいた日、左隣に座っていた女性だ。髪色が緑なのと、ライダースジャケットでぴんときた。


「べつに怪我はしてねぇよ」

「それはよかった。つい飲みすぎてしまったみたいで、すみません」


 自分が失態を犯した場合は、礼儀を以って当たるのが俺の流儀だ。相手が年下だからといって、舐めた態度を取る()()にはなりたくない。


「……へぇ、おっさんなのに頭下げるんだな」

「必要なら服のクリーニング代も払う」


 おっさんじゃねーけどな。


「そこまでされると逆に気持ち悪ぃよ。でも、悪いと思ってるなら一杯奢って。最初の一杯はジントニックって決めてるんだ」


 いい感じに大河内との話を締め括ったはずだったのだが、とんだハプニングで帰る機会を失ってしまった。口の悪い女性が席に座ると、いつまでも突っ立っている俺を見て、「隣に座れ」と目で訴えてくる。やれやれと肩を竦めて隣に座ると大河内が、「お早いお戻りで」と苦笑していた。


 俺の夜はまだまだ終われそうにないらしい。



 

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