表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
20/28

#20 趣味を聞かれるのは懈い


 近くにあるコンビニでおにぎり二つとお茶、細井の弁当、三越が選んだパスタを購入して会社に戻ると、細井が燃え尽きたボクサーのように座っていた。


 心做しか一回り萎んで見え……ないな、うん。きっと遠近感が仕事をしなかっただけだろう。


「ほら、買ってきてやったぞ」


 デスクの空きスペースに買ってきたコンビニ弁当を置く。


 要望だった焼肉弁当は売り切れていたので唐揚げ弁当にした。唐揚げ弁当と言っても、冷凍食品サイズの唐揚げが三つ入っているだけの名前負けした内容だが、肉が入っているだけマシだろう。


 温めておいた弁当は、仄かに熱を保っている。三越が気を利かせてお茶を運んできて、そこで細井は我に返った。いや、虚ろな世界から現実に帰ってきたといったほうが正しい。湯気立つお茶を一口飲み、ふうと息を吐いた。


「ありがとう……落ち着いたよ」


 異様な疲労感だが、細井はどんな仕事を任されていたのだろうか。パソコンはホーム画面を映しているので、細井の仕事内容がなんだったのかは、本人のみぞ知る、である。


「しばらくそっとしておいて」


 未だ虚ろな目をしたままだが、本人たっての希望だ。俺は三越に目配せをして、「お疲れさん」とその場を離れた。



 * * *


 

 我が社で癒しを求めるならば、行き着く場所は喫煙ルームか屋上の二択になる。


 喫煙ルームは静かで、椅子こそは置いていないものの、中型の空気清浄機がフル活動して空気の淀みを解消してくれる。窓から外界を眺められるのも気分転換になるし、備え付けの自動販売機も完備。なんとも喫煙者に優しい会社だ。愛煙家の社長に敬礼。


 他の会社に勤めた経験がないので比較こそできないけれど、俺が属している会社は社員が快適に仕事ができるよう取り組む姿勢を随所に見受る。


 仕事のモチベーションを上げることを目的とした、見るだけでモチベーションが下がるポスターを壁に貼っていないのもポイントだが、やはり、従業員全員が一時間に五分だけ離席して休めるのがいい。凝り固まってしまった体と思考をリセットする良い機会になる。


 この制度は、非喫煙者の煙草休憩に対する不満を解消するために、俺が入社する二年前に作られた制度らしい。昔から『喫煙者の煙草休憩問題』は問い質されるものである。ならば、全員がその休憩を取れれば文句はないだろう、と。


 五分休憩は上司に申告するのではなく、近くにいる者に伝えるだけでいいのだから面倒もない。


 申告された者が離席できなくなるデメリットはあるが、この『休憩申告』で発生するコミュニケーションによって仲が深まり、より仕事が円滑に進むようになったのも事実。


 否が応にも左右どちらかにいる者と会話しなければならないので、苦痛に思う者だって少なくはない。が、嫌でも続けていればそれなりに慣れるものである。


 入社当時は引っ込み思案で寡黙だったのに、一ヶ月後は飲みに行く間柄になったってヤツも見てきた。


 五分休憩と、隣の者に申告する。この二つが相乗効果を生んで利益を発生させると会社が狙っていたのかはさておき、理にかなっていたのは明白だ。


 他にも、提携しているスポーツジムの割引待遇があったり、テーマパーク、スポーツ観戦、人気ミュージシャンのライブ割引チケットが安価で貰えたりする。


 これらを趣味とする者たちには願ったり叶ったりなサービスではあるものの……さて、俺はそれらの理由で休暇を貰えた人間を知らないんだよな。サービス券を取得したという声さえ聞いたこともないわけで、実は都市伝説なのでは? と疑っている。


 社員満足度の向上を目的に設けられたのは、高待遇チケットや、快適な喫煙スペースだけではない。


 なんと、我が社の屋上は従業員の憩いの場として解放されているのだ。


 俺の背丈よりも高い落下防止のフェンスに沿って置かれている飲料メーカーの名前が書かれた赤と青のベンチは、仲間と昼食を共にする従業員で賑わう。中には恋人風の男女もいるけれど、今更それを言ったところで栓無いことだ。


 ベンチを配置してくれるだけでも充分だと言えるのに、屋上の設備はそれだけに留まらない。ベンチに囲まれた屋上の中央部分には、直径二メートルほどある煉瓦作りの丸型花壇が、四季折々の花を咲かせているのだ。


 カラフルな花弁をつけるのはジニアという名前の花で、百日草とも呼ばれるらしい。


「よく知ってるな、三越も花が好きなのか?」


 屋上のベンチで隣に座る三越は、パスタを口の中にいれたばかりだった。口の中に入れたマスタを急いで喉に流し込んで、ペットボトルの水を飲む。世界を変えてくれるやつだ。そしたらキミと——げふんげふん。


「マ……母上の趣味がガーデニングだったんですよ」


 いやだから、別に『ママ』でいいだろ。

 女性が母親を『ママ』と呼ぶ分には問題ないと俺は思う。

 細井が実母をそう呼んでいたらドン引きだけどな。

 あの体格でママ呼びだったらかなりキツい。


 しかし、三越の母親か——どんな人なのだろう? 三越が母親似だとすると同様に童顔で、「元気ハツラツゥ〜?」な感じだろうか。


 なるほど、会ってみたい気もするし、疲れそうだから会いたくない気もする。つまり、どっちでもいい。——どっちでもいいのかよ。


「この花壇は三越の目にどう映る?」


 興味本位に訊ねてみると、三越は右手の人差し指をちょんと顎に当てて暫し逡巡する。人は物思いに耽る時に、どうして上部を見るのだろうか。そこに答えがあるとでも? わからないけどなんとく見てしまうのが不思議だ。


「えーっと、男性の意外な一面を見たような」

「は?」


 三越の感受性が天才的発想すぎて理解が追いつかない。


「この花壇は家庭菜園が趣味な社長が自分で手入れをしているって、たーくん先輩も知ってますよね?」


 そう、実はこの花壇、社長が実費で作り上げた物なのだ。


 緑は目に優しいだけでなく疲労回復効果もあるという理由に加えて、忙しなくすぎる日々にも四季を感じて欲しい、と、社長の願が込められた花壇なのである。


「社長って土を弄るのが仕事ではないじゃないですか。でも、うちの社長は土弄りが趣味なので『意外だな』と」

「…………」


 三越の話を要約すると、「うちの社長は土弄りするほど暇そうでいいですね」だ。


 三越は素直にそう思って発言したのだろうけれど、言ってることは完全に煽り。悪気があっての発言ではないとしても、言葉を慎重に選ばせなければ、教育係である俺の監督不届きで首が飛ぶ可能性がある。


 とんでもない爆弾を抱えた爆破物処理班の気分だ。赤と青、どちらの線を選んでも良い結果にならない爆弾を、どうやって解体すればいいんだろうなぁ……空が青いや。


 俺の気持ちも知らず、三越は美味しそうにナポリタンを食べている。この商品、『和風ナポリタン』って名前だけど、そもそもナポリタンは日本が発祥であって和風も洋風もないのでは? 刻み海苔を乗せただけで『和風』を名乗れるのであればなんでもありじゃないか。


 和風の概念が俺の中で消失しかかった頃、和風ナポリタンを完食した三越が口元にケチャップを付けて、「たーくん先輩は?」と唐突に、質問内容をすっ飛ばして訊ねてきた。


「なにが?」


 といいつつ、三越の口元に付いたケチャップを紙ナプキンで拭き取ってやる。俺は教育係ではあるけれど、親代わりではないんだが? なんでちょっと嬉しそうな顔してるのコイツ。


「でへへぇ……ありがとうございます」

「気色悪い声出すなよ」

「えー? 今のなんか恋人っぽかったし、いいじゃないですか!」


 よくわからん。


「——趣味の話だっけ?」


 無理矢理にも話を戻す。


「そういう三越はどうなんだよ。趣味あるのか?」


 趣味を聞かれて答えられない場合、別の誰かに話を振るのがベストだって学んだ大学時の教訓は、卒業しても尚、話題逸らしのテクニックとして実用可能だ。


 回答に窮した際は、「それよりも細井くんの趣味が聞きたいなー」とか適当に言っておけば、指名された相手が自分の代わりにご機嫌になって答えてくれる。いやマジで本当に、元カノの由佳はこれだけでサークルの飲み会を乗り切ってみせたからな。——恐ろしいテクニックだ。



 

【修正報告】

・報告無し。


 ブックマークして下さった方々、誠にありがとうございます。まだの方も、いつも読みに来て下さってありがとうございます。これからも応援をよろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ