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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
2/28

#2 三越莉子と細井泰が懈い


 やられっぱなしも何なので、そろそろ反撃したいところだ。


 ここで一つ、三越莉子の弱点を教えよう。

 三越は『不意打ち』に弱い。


 それは誰だってそうなのだが、三越の場合は特に弱い。


 きっとお化け屋敷なんて入れないだろうし、ホラー映画も絶対に無理だ。


 なんならホラーじゃないジャンルの映画でも、不意に起こる爆発で体が飛び跳ねるほどだ。


 どうしても観たい、けど、一人で観に行くにはキツいからと連れていかれた映画は、確か甘酸っぱい青春ラブコメだった。


 踏切を挟んで向かい合い、男子が思い切って愛の告白をするシーンだったけれど、急に電車が横切って聞こえない。


 ねぇ、もう一度言ってよ! という原作では胸きゅんなワンシーンだったようだが、横切った電車の走行音にビビった三越は、片手に持っていたポップコーンを上空に放り投げたのである。


 観客の頭上に降り注ぐキャラメルポップコーンの雨……あれ? この映画4DXだったかしらん? ポップコーンを降らせるとは、なんて前衛的な仕掛けでしょう。


 それ以来、俺は三越と映画に行かないと決めた。絶対に行かない。死んでもいかない。死んだ後も行ってやるものか。


 三越の目をじっと見つめる。俺の真剣な眼差しを受けて、ごくりと生唾を飲んだ三越は、ちょっと頬を染めてそわそわしだした。


 俺は知っている。

 三越の恋愛偏差値がゼロに等しいことを。


「な、なんなんですか」

「今日も可愛いよ」

「ふぇ? ──ふえええええっ!?」


 言われた瞬間、きょとん、としていた三越だったが、俺が発した言葉の意味を理解し始めると頬が林檎みたいに赤くなって、恥ずかしい気持ちを隠そうと態とらしくギャーギャーと騒ぎ始めた。


 相変わらず表情がころころ変わって面白いやつだ。


 コイツほど揶揄い甲斐のあるヤツはいないんじゃないか? もうちょい続けてみよう。


「可愛い三越に、お願いがあるんだ」

「な、なんでしょう……?」

「納期、守れよ」


 納期、という二文字を聞いて一気に現実に引き戻された三越は、自分が揶揄われていたことを理解したようだ。


「たーくん先輩のばかあああっ!」


 ちくしょー! と奇声をあげて、給湯室にダッシュしていった。三越を見てると飽きない。


 多少なりとも三越に癒しを求めているのは事実なのだろう。


 多分、そう思う。


 息抜き程度のじゃれ合いが、俺の懈さを軽減してくれているのだ。ストレス発散ともいう。


「さあて、今日も頑張りましょうかねぇ」


 慣れた手つきでキーボードをカタカタ打っていると、三越がコーヒーを持ってきてくれた。


「先輩、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 ここまでの流れが、俺と三越の朝のルーティンだったりする。



 * * *



 午前中までに仕上げねばならない資料をまとめ終えた俺は、座りっぱなしで疲労した腰と肩と首をぼきぼきっと鳴らす。


「たーくんお疲れさんだねぇ?」


「ああ、細井もお疲れ。たーくん言うな」


 俺の隣にいる眼鏡のデブは、同期の細井(やすし)


 名字と体型がまったく一致していないけれど、だからといって「太井」と揶揄ってはいけない。


 相撲部屋出身である細井の張り手は、まともに喰らうと肋骨が数本逝くほどの威力があるのだ。


 高校では全国大会にまで出場し、優勝こそ逃したものの、将来有望の若手力士とまで言わしめた実力がある。


 それならなぜプロを目指さなかったのかというと、稽古が辛くなって逃げたとか。なんともしょうもない理由だ。


「お昼どうする? 軽くステーキ行っちゃう?」

「行かねえし、ステーキは重たい。俺はカップ麺でいいよ」

「なんだよ、つまらんねえー。じゃ、オレは肉マイレージ貯めてくる」

「おう。何がとは言わんが、適当に頑張れ」

「ごっつあんでーす」


 他人に相撲弄りされるとキレるくせに、自分はいいらしい。


「さて、俺もコンビニに行きますか」


 どっこいしょ、とは言わずに立ち上がると、背後から肩を叩かれた。


「だーれだ」


 うぜえ。


「三越莉子。二十六歳。乙女座。彼氏いない歴──」


「うわああああばかばかちょっとほんとに待ってごめんなさいもうしません! というか、なんであたしの彼なし歴まで知ってるんですか!?」


 彼なし歴ってどんな歴だよ。


「だってお前、酔っ払うと毎回自分の人生語り始めるだろ」

「う……うそだ……そんなの、うそ、ですよね……?」

「三越に関するテストが出たら満点取れる自信がある」


 じゃ、じゃあ……と、恐る恐る俺に訊ねる三越。


「問題です。あたしが、お、お父さんとお風呂に入っていたのは……?」


 こんなの、酔っ払った三越の相手をするより簡単だ。


「中学一年の夏まで。以降、友だちのちさちーに変だと言われて一人で入るようになった」

「せ、正解……だと……」


 因みに、俺は『ちさちー』という名の女性と面識はない。


 面識はないのだが、酔っ払うと事あるごとにちさちーとの思い出を語るので、俺はちさちーの高校時代もマスターしている。我ながらきもいな。うん、めっちゃきもい。


「それ、たーくん先輩以外は……その」

「俺とサシで飲んでるときしか語らないから心配するな」

「それなら安心……安心なの?」


 俺に聞くな。


「では、コンビニに参りましょう!」

「なんでついてくる気満々なの?」

「違いますよ、奢られる気満々なんです」


 三越は、ノンノン、と右手の人差し指を振る。

 つか、そっちのほうが悪質じゃねえか。


 昼休みになると、毎回のように俺の財布に集ってくる。


 それで出すほうも出すほうだが、こうも慕ってくれると男としての矜持ってもんがあるわけで。


「わかった。五〇〇円までな」


 財布から五百円硬貨を取り出して、三越に投げ渡した。


「あたしのお昼、遠足のおやつ代基準!?」

「五〇〇円あれば昼飯買えるだろ」


 カップラーメン、おにぎり、飲み物、この三種の神器があれば充分じゃないか。


 おにぎりを我慢すれば割高のカップ麺も買えるし、飲み物を我慢すればデザートだって買える。


 缶詰めをおかずに塩むすびという手もあるにはあるが、食べている最中に切なくなってくるのでおすすめはしない。


「文句があるなら自分で買え」


 というと、三越は観念したような溜息を吐いて、


「仕方がないですね、たーくん先輩はケチで有名ですから。ケチオブザイヤー受賞してますもんね。その条件に従います」


 よくわからない小ボケをもにょもにょ言っていた。



 

【修正部分】

・2021年9月30日……本文の微細な修正。

・2021年10月6日……同上。

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