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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
17/28

#17 仕事が恋人って懈い


「こんなところで会うなんて、運命ですね」


 然もそれが当然かのように、夕凪美佳は真顔で言った。


 もしもこの出会いが運命だとするならば、神様は頗る暇だったに違いない。


 カップラーメンにお湯を入れて、出来上がるまでの三分間を所在なさげにしていた矢先、手頃な人間を見つけて悪戯したとお見受けする。


 暇すぎない? もうちょっと世界を助けてくれてもいいんだけど。


「そんな運命、誰が信じるか」

「真実は小説より奇なりって言うじゃないですか」

「真実という証拠がない以上は認めるつもりは毛頭ない」

「相変わらず、たーくんさんは頭が硬いですね」


 たーくん言うな。

 それに、俺は頭が硬いわけではない。

 常識的観点から物事を見て判断しているだけだ。

 俯瞰視点とも言う。


「駅に向かってるってことは、これから何処か行くのか?」


 高校生(こども)が出歩くには少々遅い時間だ。


 塾に行くのならばわかるけれど、この時間から電車に乗って遊びに行くとなると、帰る頃には夜の帳が下りている。


 目的地だけでも聞いたほうがいい、と、老婆心ながら訊ねてみたのだが、美佳は微妙な顔をするだけだった。


 美佳と俺の関係は赤の他人であって、昨日今日知り合っただけの他人が深入りするのは行儀が良い行いとは言い難い。


 若いうちに社会の闇に触れることだけは避けてやりたいのだが、どう伝えてやるのが正解なのだろうか。


 社会の闇と呼ばれる部分は、甘美な言葉を巧みに使って深みに誘い込もうとする。居心地がいい場所だと錯覚させて、井の中に閉じ込めるのだ。


 そうなると、周囲を見れなくなる。

 見向きもしなくなるのだ。


 辛い現実に歯を食いしばって立ち向かうよりも、優しい世界に身を置けば気楽になる。望む言葉は容易く手に入るし、自分が主人公になった気分も味わえるかもしれない。


 闇に触れ続けていると、如何に愚かな行為に手を染めていようとも、それが正しい行いだと錯覚してしまう。


 真剣に諭してくれる人間に対しても攻撃的になって、「アンタには関係ないでしょ」と、疎ましくも拒むようになるのだ。


 悪循環のサイクルは、優しさと、喜びと、快楽に満ち溢れている。それはそれは刺激的で、充実した毎日を送れることだろう。


 しかし、それしかないのだ。

 気づきもなければ学びもない。


 アンダーグラウンドの住人たちも、何かを学ばせてくれるのだろう。


 だが、その教えは、アンダーグラウンドの()(きた)りに沿って歪められた自己肯定理論で、屁理屈も理屈のうちだと信じ込ませるだけだ。


 とはいえ、逃げることは悪いことではない。辛い現実から逃げたいのならば、一目散に逃げていい。


 大切なのは、逃げる先を見極めることだ。


 闇雲に逃亡して泥沼に足を掬われたら、這い上がるのは極端に難しくなる。


 しかしながら、日本の教育は『退散』の方法を教えない。


 現実から目を背けるのは悪だ、逃げることは罪だと教え込むことしかしないのだから、人の目を盗んで逃避する最中に、自分を助けるように伸ばされた手が見えれば、藁をも縋る気持ちで掴みたくなるのも道理である。


 俺は、夕凪美佳の人となりの全てを把握していない。


 把握してはいないけれど、どこか危なっかしいところがあるのは昨日の件で察した。


 見た目の可愛さや可憐さに惹きつけられた男たちが、甘い蜜を壺いっぱいに(こしら)えて近づいてきた時、誰か守ってくれる人間が傍にいればいいのだが、そういう人間もいなそうなんだよなぁ……。


「何処に行くのかは知らないけど、危ない場所には近づくなよ」


 そう言ってやると、美佳は無言で一歩引いた。失礼なヤツだな。


 俺は危険じゃねえってのに……いや、そうとも言い切れないか。


「自分は危険じゃない」って言うヤツほど警戒するべきだし、「自分は危険だ」と言うヤツも警戒するべきだ。——これでは人間不信になりそうだな。


「デートです」

「デート?」

「デートって、言いました」


 そう聞いたが。


「デートなんだろ?」

「動揺しませんか?」

「するわけがない」


 即座に否定してやった。


 美佳の容姿は、フラットタイプであることを差し引いても、人目を引くに値する。


 目鼻立ちが整った涼しげな顔、きめ細やかな白い肌、どこか儚い印象を受ける美佳に惹かれて声をかける男も少なくないはずだ。


 道すがらすれ違う女子高生と一線を画す佇まいに、大人の余裕すら感じてしまう。


「美佳だったら彼氏の一人や二人いてもおかしくはないからな」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、二人いるのは問題です」


 一本取られた。


「言葉の綾だ。——ま、身の危険を感じたら連絡してくれ」

「…………」


 無言になられても困るのだが。うんとかすんとか言ってくれないと、俺みたいな説教大好きおじさんは困ってしまうんだぞ。おじさんじゃねぇけど。


「本当は散歩してただけです。あと、彼氏もいません。募集中です」

「それを早く言えっての」

「彼氏募集中のことですか?」

「そっちじゃねえよ」


 いろいろと勘繰った自分が恥ずかしい。


「好きな人はいるのか?」

「います」


 ほう?


「でも、まだ告白するつもりはないです」

「青春してるんだな」


 まだってことは、いずれ告白するつもりのようだ。


 今の若いヤツらは体型がヒョロッとして、キノコのような髪型をしているゆえに、俺は『菌類系男子』と総称しているのだが、なかなか的を射た表現じゃないかと思う。


 余談だが、食用に適したキノコは、全体の一割か二割程度しか存在しないらしい。


 殺人キノコで有名なカエンタケのように、毒々しいフォルムをしていれば見分けるのも容易いのだが、ナメコに似た『ワライタケ』や、タマゴタケに酷似している『タマゴテングタケモドキ』など、ぱっと見では毒があるのか判別するのも難しい個体も多い。


 そう思うと、『菌類男子』という呼び方も、強ち頷けるのではないだろうか。


 キノコ狩りシーズンでもあるし、キノコを取る際は、見た目に惑わされることなく、慎重に選んでいただきたい。間違って毒キノコを食べてしまうと、とんでもない事態に発展し兼ねないので。


「滝宮さんは、好きな人いるんですか?」


 出し抜けに問われて、目をパチクリしてしまった。


 まあしかし、「好きな人はいるのか?」と恋バナを振ったのは俺だ。


 質問が返ってくるのも当然ではあるけれど、俺みたいな男の恋愛話なんて聞いても、有り体な答えしか出てこないのはお察しの通りである。


「仕事が恋人みたいなもんだ」


 社会人だけが使える必殺の返答、『仕事が恋人』。


 この返しを真面目にすると、『じゃあ仕事と結婚して会社に骨を埋めれば?』って相手を呆れさせること必至だから、良い子の大人は絶対に真似してはいけない!


 いいな、絶対にだぞ!

 特に新社会人のみんなはやめておけ!

 イキリクソ社会人ってレッテルを張られてしまうぞ!


 イキるな、生きろ。


 社会に馴染むまでは、これが()()()()()()()と知れ!


「本気でそう思ってる?」


 突然のタメ口が引っ掛かるけれど、俺は大人だから耐える。でも、大人じゃなかったら耐えられなかったかもしれない。呼吸をしよう。大人の呼吸、今し方、虚勢。


「ああ、本気だ」


 実際は恋人ではなく(かたき)みたいなものだが——。



 

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