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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
16/28

#16 ソウイウモノは懈い


 細井に貸した金を受け取って、「また会社で」と部屋を出た。


 事故物件に長居したくないという理由は勿論あるけれど、何が悲しくて、折角の休みに、野郎と二人きりで過ごさなければならないのか? と、虚無感が俺を襲ったのだ。


 しかし、事故物件か——。


 事故物件は日本全土に数あれど、創作物の中でしか見聞きした覚えはない。


 ホラー番組の特集にある『事故物件の真相に迫る』みたいな胡散臭さも相俟って、余計に現実とは別物と認識していた。


 細井は、あの部屋に住んで数年が経過していると言う。でも、心霊現象に見舞われることもなく、悠々と生活を営んでいた。


 自分が入居する以前は頻繁に怪奇現象を起きていたと、細井はビールを飲みながら不動産屋に聞いた話を聞かせてくれた。


 けれども、不動産屋が嘘を吐いていたり、話を誇張している可能性も否定できない。


 俺は、未確定の話を信じられるほど純粋ではないのだ。


「事故物件ねえ……」


 暇潰し程度に考えてみるとするか。


 事の発端は、部屋のダイニングキッチンで入居者の女性が血塗れで倒れているのを大家が発見したところから始まる。


 ドアには鍵とチェーンが掛けられていた、と細井は言っていた。


 遺体を見つけたのは、大家と、チェーンカッターを用意したであろう不動産屋の二人で間違いはない。


 現場になった部屋は三階の角部屋で、ドア以外に侵入方法はない。


 屋上からベランダに移り、窓から侵入する経路もなくはないが、「部屋は荒らされていなかった」という細井の証言——正確には不動産屋の証言——が正しいとすると、外からの侵入はなかったのだろう。


 通報を受けて駆けつけた警察は、痴情のもつれから自殺をしたと推察して処理をした。


 無論、同居していた彼氏にも事情聴取をしていたはずで、自殺と処理したのであれば、彼氏に完璧なアリバイがあったと言える。


「やっぱり、どう考えても彼氏犯人説は辻褄が合わないか」


 名探偵であればここで『妙だな……』となるのだろうけれど、俺には名探偵の驚異的な洞察力もなければ真相を究明しようとする甲斐性もないわけで、精々これが限界だ。


 仮に、彼氏が犯人だったと仮定して、密室を作り上げたトリックと、警察を黙らせたアリバイ工作を看破する必要がある。


 ミステリ小説の主人公であれば、ここから彼氏の足取りを掴んで話を聞き、矛盾点を探すのだろう。


「ま、一般人の俺には関係ない話だな」


 ついでに言えば、捜査に使う時間と技術と資金もなければ、探偵業のライセンスだって取得していない。


 そこら辺にいる社会人が出しゃばって、「すみません間違えました」では、名誉毀損で訴えられてしまうだろう。


「ミイラ取りがミイラになってちゃ詮無いわなぁ……」


 とは思うのだが、疑問は残る。


 彼女は何故、幽霊になってもで現世に留まったのか。

 どうして細井の前には現れないのか。


 幽霊となった彼女は、今も尚、無念を抱えたままの状態で現世を彷徨い続けているのか——。


「馬鹿馬鹿しい。幽霊なんているはずがないだろ」


 そう吐き捨てた時、細井のアパートの方角から生暖かい風が吹き抜けて、肌にまとわりつくように、ザワァァ——、と全身に鳥肌を立たせた。


「…………」


 おばけなんてないさ。



 * * *



 それにしても、事故物件に住んで何ともないとは、さすが元・力士というべきだろう。


 幽霊は活力に溢れた人間を嫌う、と、聞いたことがある。


 もしそれが本当だとすれば、細井の活力は人並み以上ってことだ。


 休みの日に食べ歩きをするくらいだし、食事が細井の活力の源となっているのだろう。


 食うだけしか取り柄のない男でも、それを『趣味』にまで昇華させていれば天晴れと言う他にない。


 食事をした後、いろいろと話を聞いてみたが、どうやら細井は『食事ブログ』を書いているようだ。


 ブログ名は『(いち)(しょく)(いち)()』。


 四文字熟語の『(いち)()一会』をもじって付けたのは明白だが、細井らしくないネーミングではある。


 俺の知る細井泰という男は、書道用紙に『(いち)()(せん)(しん)』と書けと言われて『(こう)(がん)()()』と書いて先生を困らせるタイプだ。


 また、文才も少々あることにも一驚させられた。


 二ヶ月ほど前から小説投稿サイトのエッセイ部門で投稿を開始した細井の一食一会は、平均五〇〇PV、ブックマークは一〇〇件弱を獲得している。


 あの細井ですら趣味を持っているのに——。


「ブログを書いてるんだ」


 と細井が楽しそうに話している最中、内心ちょっと焦っていた。


 別に無趣味が悪いとは思わない。思わないが、味気ない人生だ。


 そんな人生を歩んでいて、何が楽しいのだろう。ただ生きているだけでは死んでいるのと変わりないのではないか? とも。——洒落臭い。


 借りているアパート近くの駅に到着すると、ハンバーガー店の匂いが風に流されてきた。


 隣には牛丼屋と、その二階から上は地域最安値を謳うカラオケ店が入っている。


 店員の態度が悪いと評判のカラオケ店でも、時間が有り余っている学生たちには良い遊び場だ。


 牛丼屋の前を過ぎると、今度は立ち飲みの焼き鳥居酒屋がある。


 芳ばしいタレの香りは、いつ嗅いでも食欲を唆られるものだ。


 この店の焼き鳥は、埼玉県のなんとかって地域で有名な辛味噌を付けて食べるのだが、この辛味噌が絶品で、味噌だけで酒が飲める。


 熱々のご飯に乗せて食べてもいいけれど、ほくほくに茹でた大根と一緒に食べるのがおすすめだ。こってりした味噌の味を、大根が優しく包んでくれる。


 辛味噌だけでも購入可能で、焼き鳥をテイクアウトした際に追加で買うのがちょっとした楽しみの一つ。


 おっさんじゃないと否定してきたけれど、ここに来て自分の趣向がおっさんめいてきていることに気がついてしまった、二十八歳、会社員が、ここにいる。どう見誤ってもそいつは俺だった。あっちゃー。


 夏が過ぎても風は生暖かく、歩いているだけでも薄らと汗ばむ。あっちゃー。


 九月が秋だったことってないんじゃないか? と、胸中で文句を垂れつつ歩道を進んでいると、反対側から見覚えのある顔がこちらに向かって歩いて来た。


 あれは——。


「こんばんは」

「よう」


 制服姿しか知らないので、一瞬だけ別人を疑ったが、金髪ポニーテールは見間違えようもない。——夕凪美佳だ。


 美佳は首回りが大きく開いた、規則性のない白黒横縞半袖シャツに、黒の八分丈キュロットパンツを合わせている。


 前下裾をキュロットにインした着こなしかたは、痩せている者のみが許される特権だ。


「こんばんはって、言いました」

「ああわかったわかったって。こんばんはって言えばいいんだろ?」


 社会人を長くしていると、挨拶は全て『おはようございます』で統一される。


 どうして社会人の挨拶が『おはようございます』で統一されているのかは諸説諸々あるが、おはようございますの『ございます』が丁寧語だからって説が濃厚だと俺は思う。


 他にも『芸能業界を真似た』や『出会って最初の挨拶だから』と様々な理由があるけれど、敬語、丁寧語、尊敬語を重視する社会人に、『こんにちは』と『こんばんは』は、軽い挨拶だと捉えられたようだ。


 まあ、吃驚仰天、奇想天外な社会人マナーの一つみたいなものと捉えておけばいい。


 取引先で出されたお茶には手を出してはいけない、とか、目上の人と乾杯する際は相手よりも低い位置にグラスを当てる、と同じで、こういった『過去の風習』や『謎マナー』を深く考えても致し方ない。


 ソウイウモノと割り切って従うこそ、大人のマナーである。懈けどな。



 

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