#13 出費が多くて懈い
趣味を持たない社会人は休日の使い方を知らない。
学生の頃は、日がな一日テレビゲームをして過ごしたものだが、現在はできて一時間が限界である。
折角、自由を手に入れて、誰にも文句を言われない時間を手にしたというのに、これでは宝の持ち腐れだ。
何か趣味を持ったほうがいいと細井に言われてから、考えつくだけの趣味に手を出してみた。
読書もしたし、映画も見たが、どれもしっくりこなかった。
部屋でじっとしているのが性に合わないのでは? と考えて、大人の代名詞とも呼ばれるゴルフをやってはみたけれど、打ちっ放しに行って二〇球打ったところで力尽き、残った球は隣でナイススイングしていた高校生に譲った。
やはり、本格的に道具を揃えなければ、やるぞ! って気分にならないのかもしれない。
中古ショップで投げ売りされていたサンドウェッジは、今も玄関の隅に立て掛けてある。いつか処分しなければと思いつつも、処分が面倒で放置したまま埃を被っていた。
ポニテ女子高生とメッセージのやり取りを終えてから、時代に乗り遅れていると悟ってしまった。
最近の若者たちは、隣国の文化に憧れを抱いているらしい。髪型、メイク、服装など、隣国に、学生諸君は多大なる影響を受けている、と夕凪美佳は懇切丁寧に語る。
なぜそのような話題になったのかというと、来月、友だちと一緒に隣国の大人気アーティストのライブに行くようなのだ。その流れで隣国の話題になったのだが、話に全くついていけなかった。
俺が知る隣国の特産物は、焼酎、マッコリ、辛いラーメン、キムチの知識しか持ち合わせていない。
美佳が参戦するライブのアーティストの曲だって、街に流れる風景のようなものだ。
試しに動画サイトで検索をかけて聴いてみたのだが、馴染みのないリズムについていけなかった。
パソコンデスクの椅子に座ってコーヒーを飲む。
大して美味くもないインスタントコーヒーを我慢して飲んでいると、いつぞやの味が懐かしく蘇った。
あの店で提供されていたコーヒーは上品な味だった。苦味の中に甘みがあって、鼻から抜ける香りに一切の嫌味がない。
一方、インスタントコーヒーは、ただただ苦くて変に酸っぱい。
縦にも横にも広がらない味だが、元カノの由佳が淹れたコーヒーは、ストレートで飲める味だった。——何が足りないのだろう。
それなりに経験は積んでいるはずだが、インスタントコーヒーを上手く淹れられた記憶は一度足りともない。
溜息混じりに「センスがないんだな」と呟いた。
そう、俺はセンスがなくて面白みもない男なのだ。
深く関われば関わるほどに、底の浅さが顕著になる。
こればかりは努力してどうこうなるものではないので、先輩風を吹かせつつ誤魔化しているのだ。
いつか、俺の浅底が露呈する日がくるのだろう。
俺の下についている三越莉子にはバレているかもしれないが、それでも慕ってくれているってことは、自分が思っているほど悪くないとしておく。
飲み終えて冷えたカップをちゃちゃっと洗った。
* * *
暫くごろごろして、持ち帰った仕事でも片付けるかと立ち上がった時のことだった。
充電ケーブルに挿しっぱなしにしていたスマホに呼び出された俺は、気乗りしないと思いつつもスマホを手に取った。——細井からの着信である。
細井が電話を寄越す時は、大抵が碌な用事ではない。
この前なんて私用のパソコンがブルースクリーンになったから助けてくれと言われ、「知るか!」と切ってやった。
俺よりもパソコンに詳しそうな見た目をしているくせに、実は情弱とか本当に勘弁してくれ。
どうせ、今回も碌な話ではないのだろう。
嫌々ながら電源ケーブルを抜き、画面に表示された応答のボタンを押す。
『たーくん、大変だ!』
開口一番に緊急を告げられた。
その声音から察するに、焦っていることだけは理解したけれど、何が起きたのかを聞かなければ、対処のしようがないだろう? あと、たーくん言うな。
「気になるあの子からデートのお誘いでもあったか?」
『そんなことはどうでもいいよ!』
どうでもよくね……どうでもいいのかよ。俺よりもモテ要素がない細井からすれば、好意を寄せる相手からのお誘いこそ、緊急事態になり得るだろうに。
「はあ……で、何の用だ?」
『回転寿司屋で食べてて、いざ帰ろうとしたら財布を部屋に忘れてきたことに気がついてさぁ』
時計を見ると十二時半を指している。
ぎゅうる、と腹の虫が鳴いた。
寿司、いいなぁ……悪くない選択肢だ。
「わけを話して財布を取りに帰ればいいだろ」
『何を言ってるんだ、オレはまだ死にたくない!』
何を言ってるんだ、は俺の台詞なのだが……。
それに、殺されるはずがないだろう。どこの回転寿司に、肉寿司のネタを人肉で賄う店がある。
仮にあったとてしもお前の肉は脂身が多すぎてネタにならんだろうし、なったとしても話のネタになるくらいだよ。
我ながら上手いことを言うものだ、と、自画自賛して悦に入るのも束の間、細井が食べた金額を想像して、貸せるだけの金額が財布に入っているのかどうだか心配になった。
回転寿司だし、そこまで金額が跳ね上がることもないと思いたいが……。
「因みに、会計は幾らだ」
『約、四千円ほど』
それならまあ、出せない金額ではない。細井にしては安く済んだとも言える。確か、最高記録は四十五皿だったか。途中でラーメンを食べなければもっと食べれたとも言っていた。
俺の最高記録は十八皿だと伝えると、『男なのに少食のオレかっけーですか』と煽られた。理不尽だ。焼肉、寿司、二郎系ラーメン、しゃぶしゃぶをローテーションで食っているやつと比較されてもなぁ……。
余談だが、先程のローテーションは、こってり、さっぱり、と繰り返すことで胃を労っているらしい。細井はもっと違う方法を模索して胃を労うべきである。
「昨日のタクシー代と手数料込みで一万円返せよな」
そう言うと、細井は暫く無言になって、『ああ、だから千円札が増えてたのか!』などと言い腐りやがった。増えた千円札で寿司を食いに来たって流れが容易に想像できるのが、尚更に憎らしい。
お前はあれか、大学生時代に免許更新の代金を親から貰い、そのお金を軍資金にパチンコやスロット打っていたクズ野郎か?
大学生であればわからなくもないし、事実、そうやって破産していったサークルの先輩は何人も知っている。
どうしようもなくなって、苦肉の策で彼女に集ったその結果、一秒後に頬を叩かれて振られていた。
そんな先輩たちの姿を目の当たりにして、「ああはなるまい」と反面教師にしていたけれど、細井泰はそこまでのクズではない。
かなりのおっちょこちょいで、足から猛毒ガスを放ちはするが、サークルの先輩たちを引き合いに出すほどの悪いやつじゃあないのだ。
「しょうがないな、場所を教えろ。どこで食ってんだ?」
【修正報告】
・報告無し。




