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滝宮天馬はもう懈い  作者: 瀬野 或
一章 滝宮天馬はもう懈い
1/28

#1 月曜日が懈い

 どうも、瀬野 或です。

 本日から【滝宮天馬はもう懈い】の投稿を開始致します。

 どうぞお付き合いよろしくお願い申し上げます。


 月曜日がきた。


 学生と社会人の溜息が充満する急行電車に駆け込んだ俺に、『駆け込み乗車はご遠慮ください』と注意を促すアナウンスが流れる。いや、もしかすると俺じゃなくて、同じタイミングで駆け込んだ女子高生に注意をしたのかもしれない。


 金髪の長いポニーテールを揺らしていれば、それはそれは目立つのではないか。と、一瞬だけ考えてみて、やはりそんなことはないだろうと思い直した。


 赤みがかった俺の髪は、何処に行ってもよく目立つらしい。中学と高校時代は、髪色で苦労した。ヤンキー呼ばわりもされたが、こんなに気怠そうなヤンキーいる? いねぇよなぁ。


 子どもの頃に母さんが、「迷子になっても目立つから、探すのが楽でいいわねぇ」と冗談混じりに鼻歌を口ずさんでいたのを、ふと思い出した。


 じゃりじゃりしたガキンチョの中に、ぽつんと赤毛が見えて、それがマークになっていたらしい。


 はてさて、現在、俺は人生という名の迷子であるわけだが、探してくれる人はいないようだ。——おかしいなぁ。母親曰く、赤毛は目立つらしいんだが。


 そろそろ見つけてくれないものかねぇ、まったく。早く見つけてくれないと三十路になっちまうぞって、二十八歳の俺が申しております。


 五年前までは同棲していた彼女がいたのだが、甲斐性のない俺に愛想を尽かし、ホストクラブのにいちゃんの家に転がり込んで、めでたくゴールインした。


 来週、子どもが産まれるとのこと。そっちはホールインワンってか。元気な赤ちゃんを産んで、少子高齢化に貢献していただきたい。


 いつもの駅で降りる。


 人口密度の高いホームを歩き、エスカレータの行列に並んだ。俺の前に並ぶのは見覚えのある金色ポニーテール……ふむ、奇遇ですね、なんて声を掛けたら警察を呼ばれそうなので自重することにした。


 女子高生は何というか、異次元的なアレなんじゃないかって思う。日本語のようで日本語ではない言語を使うし、世界は自分を中心に廻っているんだ! みたいな無敵感もあるわけで。


 おじさんと呼ばれる年齢になりつつある俺にとっては、警戒すべき相手なのだろう。痴漢の冤罪、超怖い。


 エスカレータの長蛇は、のっそりのっそり亀の動きで進む。


 階段を使えばこの待機時間を削減できるのだが、就業前に体力を消費するのは得策じゃないという結論に至った俺である。


 一週間前までは、運動不足をどうにかしたくて階段を利用していた。


 この年齢になると嫌でも耳にする『生活習慣病』という言葉に危機感を覚え、体脂肪、中性脂肪を減らすお茶なんかを飲んでみたり、部屋でスクワット、腕立て伏せ、腹筋、背筋なんかもやってみたりした。


 けれど、俺の健康促進デーはいつも長続きしない。


 夏休みのプール手帳も、ラジオ体操も、習字の習い事も、何をやらせても俺の右に出る者はいないくらい長続きした試しがなかった。


 唯一長続きしたRPGだって、結局ラスボスを倒さず終いである。主人公たちは今も宿屋のセーブポイントで俺が操作するのを待っているのだろう。


 申し訳ないが、キミたちの世界の平和を取り戻す日は未来永劫訪れそうもない。


 そんなことを考えていると、まるで魔王になった気分だ。世界の半分をくれてやるって感じでエスカレータを降り、駅構内の連絡通路を進んで改札を抜けた。


 昨日の夜から朝方にかけて降った雨の残滓が、ほんのりと道の隅々に残っている。


 街路樹を植えた土の湿り具合、投げ捨てられたお茶のペットボトル、水溜りにある煙草の吸い殻。変わらない日常——うんざりだ。


 職場に到着して、タイムカードを切った。


 さあ、今日も元気に働いちゃうぞ! と欠伸をして座ると、デスクに付箋が貼ってあった。


 これはご当地キャラ、なのか? 悪魔を模したご当地キャラってどこのご当地だよ。地獄か? ふるさと納税の返礼品が血の池地獄ツアーとかマジで勘弁してほしい。


『貴様の大切な物は預かった。返してほしくば朝礼前に屋上までこい。 by三越』


「三越……」


 まあどうせ三越のことだから、納期ぎりぎりになっている仕事を手伝ってくれとでも言いたいのだろう。


 余計な仕事はしない、これが俺のライフワーク。

 さてと、朝礼前に一仕事終わらせますかね。


「あー! たーくん先輩ちょっと酷くないですか!? あたしのメモ読みましたよね? ねぇ、読みましたよねぇ!?」


 静かなオフィスに場違いな大声を上げるヤツがいる。


 昨年入社してきた後輩の世話係を任命されて以来、懐かれてしまった。


「たーくん言うな。あとそれやめろ」


 椅子の背もたれを掴んで、がっくんがっくん揺らしたのは、今をときめく三越莉子、その人である。別にときめいてはいないか。ときめくような年齢でもないしな。俺も、三越も。


「いや待てよ? たーくん先輩のことだから、読まずに捨てた可能性もありにけり?」

「読んだけど捨てた」


 本当は引き出しの中に入ってるけど。


 昨日は三分間ジュワッチマンで、一昨日はハローなネコだった。


 その前は奈良の大仏の付箋を使っていた。


 付箋を集めるのが趣味なのか? と訊ねたことはなかったけれど、訊ねたら負けなような気がして放置している。


「捨てるなし! たーくん先輩はこれだからモテないんですよ。告白イベントだったらどうするんですか? こんなに可愛いくて胸も大きい後輩から告白されちゃうかもしれなかったんで、す、よ!?」


 語尾を強調して、三越は俺の椅子の背もたれを、ガッと下に押し込んだ。


 二つの頂きが見える——絶景だ。


「どうですか、この悩殺ボディは」


 大いなる霊峰によって表情は見えないが、三越は得意なドヤ顔を披露しているのだろう。


 しかし、世の中の男全員がエベレスト級に憧れるとでも思っているのか?


 いやまあ、大きければ大きいに越したことはないわけで、巨峰やメロンを味わう機会なんてそう滅多にないもんなぁ。逃げられた彼女はフラットタイプだったし。


「ああ、たまらないたまらない。かっぱえびせんくらいたまらないねぇ」

「心を込めてくださいよ! それと、かっぱえびせんは『やめられない、とまらない』です!」


 そのCMが放送されてたのは昭和時代なんだけど、なんで知ってるんでしょうねぇ。


 三越は俺の椅子を一八〇度回転させて、目と鼻の先までたぬき顔を近づける。甘いシャンプーの匂いがした。あと、苦いコーヒーの香りもした。


「ど、う、で、す、か」


 う、ざ、い、で、す。


「お前なぁ……」


 とんっと床を蹴って適切な距離を取る。


 三越は他人との距離が妙に近いから、そういうところは直すべきだ。


 男って生き物は近づいてくる異性に対し、自分に好意を持っているのではないか? と、秒で勘違いする性質を持っている。そして、満を持して告白すると、『そういうつもりじゃなかった』って言われて振られるまでがユアストーリー。


 バッドエンドじゃねぇか。



 

【修正報告】

・2021年9月30日……本文の微細な修正。

・2021年10月6日……同上。

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