落語の巡業
こちらは百物語五十四話になります。
山ン本怪談百物語↓
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みなさん、こんにちは。
私は落語家のYと申します。今ではすっかり有名人になりましたが、これでも昔は色々と苦労していました。
特に地方の公演が大変でねぇ。
師匠や兄弟子たちと一緒に、色々な場所で落語の公演をやったものです。
皆さんは「A神村」という村を知っていますか。
N県のとある山奥にある小さな村です。
まだ若手だった私は、その村の小さな公民館で開催される公演に参加することになったんですよ。もちろん前座ですけどね。
この公演が不思議なことばかりでした。
「えっ?そんな時間に落語を…?」
公演の依頼を頼んできたのは、イワシマさんという村の広報担当の男性でした。とても礼儀正しい人で、しっかり者って感じの人でしたよ。
ただ、依頼してきた公演の時間がおかしかった。
夜中の2時ですよ、夜中の2時。
普通そんな時間に落語を開催するなんて聞いたことありません。
「はい、夜中の2時です。村のみんなも楽しみにしておりますので、どうかよろしくお願いします!」
師匠は断ろうと思っていたんですが、電話に出た兄弟子が勢いで引き受けちゃってね。仕方なくみんなで公演をやることにしたんですよ。
夜の通常公演が終わると、私たちはすぐに送迎バスに乗ってA神村へ向かいました。
夜の会場からバスで3時間。全員疲れていたので、運転手と私以外の人間は全員眠っていましたよ。
村へ到着したのは、夜の12時過ぎ。村唯一の出入口でイワシマさんが私たちのバスを出迎えてくれた。
「皆さんお待ちしておりました。まだ時間がありますが、会場の公民館へご案内します」
私たちは小さな公民館へ向かうと、それぞれ準備へ取り掛かりました。
「小さな会場だな…これじゃあ100人も入らないぞ…」
「そもそもこんな時間に落語を見に来る客なんているのかねぇ」
師匠や兄弟子たちはリハーサルをしながら、何とも言えない感情を胸に抱いていました。もちろん私もです。
時間は夜中の2時。村の小さな公民館で私たちの公演が始まりました。
師匠とイワシマさんの挨拶が終わると、前座である私の出番です。
「どうせ小さな会場だ。気楽にいこう」
私はいつもの調子で緊張をごまかすと、勢いよく舞台へ向かいました。
「ちゃきちゃきの江戸っ子で〇〇の一番弟子!Yと申します!」
当時の私はデビューしたばかりのひよっこでしたが、その日は「奇跡」が起きました。
「いひひひひひっ!」
「あはははははははっ!」
「ふふふふふっ!」
会場のお客全員が、私の落語で大爆笑してくれたのです。全員と言っても20人くらいしか入っていなかったのですが、私の落語は会場を温めるどころか大爆笑のまま大成功で終わったのです。
「お前腕を上げたな!」
私の落語が終わると、兄弟子たちは次々と私を褒めてくれました。しかし、一方の私は…
(なんか「気持ち悪い」落語だったなぁ…)
なぜかそう思ったのです。
普通なら喜ぶところなんでしょうが、当時はどういうわけか素直に喜べなかったのです。それどころか、何とも言えない「不快感」や「恐怖」のようなものを感じていました。
これは私だけが感じた感覚だと思っていたのですが、私の次を担当していた兄弟子が帰ってきた時、私たちに向かってこう言ったのです。
「なんか調子狂うなぁ。ここのお客さん…」
ほかの兄弟子たちも同じ感想でした。普段あまり受けていない一部の兄弟子すら今回は大爆笑だったのです。
「う~ん…俺も調子が悪い…終わったらすぐに帰ろう…」
師匠も何か感じたらしく、その日は打ち上げもなくすぐに村を離れることにしました。
「いや~皆さんありがとうございました。村のみんなも喜んでいますよ」
公演が終わり、最後の挨拶を終えた私たちはイワシマさんに見送られながら村を出ることになりました。
「こちらこそお世話になりました。また機会があればよろしくお願いします」
イワシマさんだけに見送られるはずが、公民館に残っていたお客さんたちも窓から手を振って私たちを見送ってくれました。
「また次の『慰霊祭』もよろしくお願いしますねぇ!」
イワシマさんが最後にそう言ったこと。今でも覚えています。
村の公演が終わってから数週間後。
私は宣伝と前回のお礼を言うために村の役場へ電話をかけました。
「すみません、少し前に落語の公演でお世話になったYと申します。広報のイワシマさんはいらっしゃいますでしょうか?」
そう言った途端、電話を受け取った人物が奇妙なことを言い始めた。
「はて…落語…?うちの村で落語公演があったのは、もう10年以上前のことですけど?」
最初は向こうの人が間違えていると思いました。
「いや、〇〇日に公演やったじゃないですか。夜中の2時に…」
さらに質問を続けます。
「夜中の2時?そんな時間に公演の依頼なんて出しませんよ!あとイワシマなんて職員はうちにはいませんけど?」
もうびっくりでした。困った私は、イワシマさんが最後に言ってくれた言葉を向こうの人に伝えました。
「いや、確かに会って話したんですよ。次の『慰霊祭』もお願いしますって…」
その言葉を聞いた途端、向こうの人の様子が変わったんですよ。
「慰霊祭…?えぇ…そんな…どうしてそれを…!あぁ…すみません…数日後にまたお話できますか…?」
数日後、師匠と私は再びあの村へ向かいました。
「お待ちしておりました。ちょっとこちらへ…」
村へ到着すると出迎えてくれた役場の職員さんと一緒に、再びあの公民館へ向かいました。
「すみません、この写真を見てもらえませんか?」
公民館の壁に飾ってあった1枚の古い白黒写真。
そこにイワシマさんが写っていました。
「やはりそうですか。どうやら、この方が勝手にあなたたちを呼んでしまったみたいで…」
写真に写っているのは、確かにイワシマさんでした。しかし、写真があまりにも古すぎる。
「あの、イワシマさんは今どこに?」
「今から20年前、村の大火事で亡くなりました。この写真に写っている方全員です」
私と師匠は言葉を失いました。
写真をよく確認してみると、写っている人たちはすべてあの日のお客でした。
「師匠…あの時のイワシマさんってまさか…」
私と師匠は職員さんに頭を下げると、すぐに村を後にしました。
「なぁYよ。この話、落語のネタにできねぇかなぁ」
帰りの車の中、師匠がそんなことを言い始めました。そして私は…
「0(霊)%じゃないですかね?」
そう返して師匠にこっぴどく叱られました。
私のお話はここまでになります。
御後が宜しいようで…