第32話 遙か遠くの昔の話
美しい庭園の片隅に男女の影がある。
それは、今より数年前の出来事。
サイードとその女性クレハが、まだ若かった頃の出来事だった。
その日のサイードは、同じく若い姿のクレハとクリスタルパレスで話をしていた。
「俺達が協力すれば、きっと差別なんてすぐになくなるはずだ」
「ええ、そうね。サイードと私達が手を取り合って頑張れば、皆が笑い合える日が来るはずよ」
二人はいつか訪れるであろう輝かしい未来を夢想しながら、楽し気に話を続けていく。
サイードとクレハは、どこからどう見ても中の良さそうな男女にしか見えない様子で互いに寄り添い続ける。
笑顔の絶えない二人の瞳には、やがてくるだろう明るい未来への希望が輝いていた。
サイードはクレハに語りかける。
「アルカディアの存在が隠される事がない、迫害される事がない平和な世の中。ああ、なんて素晴らしいんだろう」
「その世界では、きっとアルカディアである貴方と私が結ばれる事に、何の障害もないわね」
言葉に応じるクレハは、うっとりとした表情で今ではない時の、未来の光景を見つめていた。
「結婚式があげられるな」
「同じ家にだって住めるわ」
「町の中を一緒に並んで歩ける!」
「お気に入りの店で仲良くお喋りしてても、誰にも怒られない!」
そこまで会話した二人は互いの顔を見やって、楽し気に笑いあった。
「俺達だけじゃない、誰もがそんな生活を送れるんだ」
「ええ、それも特別な景色じゃない。ありふれた景色として」
見つめ合った二人は、互いの手を取り合い。
胸の内に抱いたその願いうように、静かに目を閉じた。
あるいは、いつか訪れるであろう幸福な未来を景色を思い浮かべる様に。
「それが果たされた時は、一緒に」
「ええ、私達は一緒に」
「「互いの種族の代表の座から降りて、一人の人間として幸せな毎日を送ろう」」
その時間にいるサイード達はまだ知らない。
その時描いた明るい未来の光景が、遥か遠くへ手の届きそうにないほど彼方に遠ざかってしまう事を。
そして、同じ未来を思い描いていた二人が、やがては道を違えて正反対の方向へ向かって歩いていく事を。




