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ラズーン 4  作者: segakiyui
10.幻遥けく

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8

「姫さまっ?!」

 うろたえたようなジノの声を背中に、ベッドへ身を投げ出した。両腕で顔を覆い、体を竦めて踞る。心の中に、今まで感じたことのないどす黒いものが蠢いている。

(レアナ姫ではなくて、ユーノなの? 私ではなくて、ユーノなの?)

 なぜ? なぜ? なぜ?

「姫さま?」

「来ないで!」

 自分の声がひび割れていた。

「姫さま」

「来ないでジノ! 私きっと、とても嫌な顔をしているわ!」

 そうだ、この感情を知っている。今まで知らぬふりをしてきたが、幾度も感じてきたものだ。アシャが美しい姫君達と寄り添うたび、夕闇の中をそぞろ歩いたり、月光の中で逢瀬を重ねたと聞くたび、胸の片隅に燻りながら体の内側を這い昇ろうとしてきた闇。

「姫さま!」

 ジノは一旦は引いた気配だったが、リディノの悲鳴じみた声がただ事ではないと察したのだろう、すぐに駆け寄ってきてリディノを覗き込んだ。

「姫さま! どうなされたのです、姫さま!」

「…ジノ……ジノ!」

 呑み込まれるわ、私。

「ジノ……私…」

 助けてちょうだい、こんなもの、私は要らない。

 ひくひくとしゃくり上げながら、リディノは顔を上げた。自分をずっと守ってきてくれた顔が、温かな心配を浮かべて見下ろしている。

 同じような心配を、おそらくはアシャもユーノに向けているのだ、この、自分ではなくて。

 そう思った瞬間、溢れる涙が止まらなくなった。

「ジノっ!!」

「姫さま……姫さま……」

 しがみついた胸は震えていた。それがジノがどれほどリディノを案じているかの証明に思えて、リディノは身悶えるように体を揺さぶった。

「私…私……私……っ」

 何が間違っていた? ちゃんとラズーンでアシャを待っていた。何が間違っていた? アシャの安らぐ所を整え、守り、美しく装っていた。何が間違っていた? 無理を言わなかった、我が儘を訴えなかった、だだをこねなかった、アシャを困らせたことなどないはずだ。

 なのに。

 なのに。

 愛情を全て受け止めるべく、あらゆる準備を整えてきた自分に、この仕打ちなのか。しかも相手はレアナではない。至上の美姫ではない。ごく普通の娘でさえない。傷だらけの、教養もない、剣を振り回し、人を殺すような娘。リディノとユーノの最大の違いは、ただ。ただ。

「……ただ……一緒に居た…だけだわ……っ!」

 引き裂かれたような自分の声に、そっと体を撫でてくれていたジノの手がぴたりと止まる。

 やがて、密やかな声が囁いた。

「……大丈夫ですよ、姫さま」

「…っう」

「ご心配ごとはジノにお任せ下さいませ」

 力強い口調にリディノは瞬く。嵐に揉まれた小舟のようだった心が、ゆりかごに揺られるように、少しずつ治まってくる。

「ジノ…」

「きっとうまくやってご覧にいれますから」

「……ジノ…」

 そうだ、とリディノは慰められつつ思う。

 何を取り乱しているのだろう。

 彼女はラズーン四大公、『銀羽根』率いるミダス公の一人娘、言わば、統合府ラズーンの聖なる姫なのだ。そして、アシャはラズーンの第一正統後継者。その称号クラノを負う彼が、辺境の小国の、ことさら目を惹くわけもない姫に魅かれるわけがない。

「……ジノ…」

 リディノは小さく頷いて安堵し、ジノは再びリディノの体を撫で始める。


 薄く開いた戸口に一つの影が動いた。

 その影が静かに歩み去るのに2人は気づかなかった。

 ましてや、その影が視察官オペジュナ・グラティアスであることや、その顔に浮かんでいた、およそラズーン支配下ロダにあるまじき、禍々しい笑みに、気づくはずもなかった。

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