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ラズーン 4  作者: segakiyui
10.幻遥けく
82/89

2

「あ……ぅ…っ」

 どうしてこんなに自分は未練がましいのだろう。

 どうしてこんな優しい人を自分勝手に思い込めるのだろう。

 どうして自分はこんなに足りないのだろう、姿形も心も、魂までも脆い。

「うっ……ひっ……っく」

 嗚咽にアシャは黙ってユーノを抱え続けてくれた。静かに髪に頬をあてて黙っていてくれる、その甘さに涙が止まらなかった。

 もっと強くなりたい。

 もっと、もっと、強くなりたい。

 こんな時に誰かに慰めてもらうのではなく、厳しくなった状況に、大丈夫だと笑いながら次の一手を打てるような人間になりたい。

(でなきゃ、アシャを護れない)

「…ん…っく」

 開いた空間を埋めるように、再びアシャが抱き寄せてくれる。遠くなっていたアシャの胸の鼓動が、また近くで鳴り始める。瞬きして、その音を聴く。

(生きている……音…)

 鼻を啜り、目を閉じた。温もりと、鼓動と、繰り返される静かな呼吸に、気持ちが少しずつ穏やかになっていく。

(気持ちいい…)

 人のぬくもりは、こんなにも、甘いものなんだ。

「ふ…ぅ…」

 吐息をついて、その感覚をただひたすらに貪った。

「……」

 どれほどの時間がたったのだろう。

 夢現の世界を彷徨っていたユーノの耳に、再び雨の音が響き始めている。疲れ切っていた心が、いつの間にかもう一度、輪郭をはっきり取り戻している。

「…使者は……無事に済んだ」

 雨音の合間を縫って、アシャの声が響いた。

「『泉の狩人オムニド』は『運命リマイン』につかない」

「…そう…なんだ…」

 まだぼんやりしながら、ユーノはゆっくりと目を開けた。

 視界がひどく明るく鮮やかに澄み渡って見えた。

「俺は、『泉の狩人』(オーミノ)達と…」

 続くアシャのことばを、どこか茫然と聞き流しながら、ユーノは、ふいに、濡れた頬を押しつけている場所の違和感に気がついた。

 ざらざらした布の感覚。

 けれど、アシャは上半身は服を着ていない。

 視線を動かし、頬の下にある真っ白な布を眺める。それはぐるぐるとアシャの胸に何回も巻きつけられた包帯だ。

「…!」

 ずさり、と何か固くて冷たい刃が体の中心を落ちていった。顔が強張る。

「……アシャ…」

「で、俺は……え?」

「傷…治って、ないの?」

「…」

 困惑したような沈黙。どんな顔で自分が見下ろされているのか考えるのが怖い。

「治ってないのに、来てくれた、の?」

 あまつさえ、今ユーノはこんなふうに甘え切っている、傷ついたアシャの胸にべったりと。その傷みを思いやることさえなく。

「ユーノ、俺は」

「…ご、めん」

 一気に干上がった口がなかなか開かなかった。顔が熱くて、体が熱くて、恥ずかしくて、辛くて、なのに心の中心が凍りつくほど冷えている。

「ごめん、やっぱり、私、疫病神なんだ……」

 一体何を考えている。一体何をしている、こんなところでのうのうと。

 脳裏を走った幾つもの顔にユーノは震えた。

「私がいる、から、レスやレアナ姉さままで、狙われて、あなたは、関係、なかったのに、こんな傷で、助けに来なくて、よかったのに」

 ごめん。ほんとうに、ごめん、なのに、わかっていなくて、ごめ…。

「ユーノ!」「っ!」

 突然ぎゅっと激しく抱き締められて、思わず声を呑んだ。左肩を掴まれなかったのが幸い、それでもじうんと熱を上げる肩に、アシャが顔を伏せた。ふっくらとしたものが、静かに押しつけられる。続いて叱りつけるような、そのくせ優しい声が響いた。

「ばか」

「…アシャ…」

「そんなふうに考えるんじゃない。レアナやセアラ、セレドをカザドから護ってきたのは誰だ? レスファートが捜し求めるのは誰だ?」

「で、も…」

 私がいなければ、よかったんじゃ、ないの…?

(サルト)

 視界を覆う涙に呻く。

「生まれ間違ったんじゃ…なくて……生まれなければ……よかったんじゃ……ないの……? このまま…じゃ……いつか……あなた、も…」

「違う」

「で……も…」

「違う」

 俺は、大丈夫だ。

 アシャはユーノの左肩に顔を伏せたまま、囁いた。

「何があっても、俺は、大丈夫だ」

 俺の命を大事だと思ってくれるなら、お前の命も同じぐらい、大事だと思ってくれ。

「頼むから…」

 アシャの声が詰まった。

「忘れるな、ユーノ、お前は、俺の」

「……アシャ」

「お前は、俺の」

 アシャを振り向こうとした頭が静かに押さえられる。肩から首に傷を労るような小さなキスが落とされ、元のように抱え込まれた。

 沈黙。

 その代わり、与えられたのは、髪へ、こめかみへ、涙に濡れた目元に落とされた優しい唇。

 その唇が、妙に震えて頼りなげで、ユーノは目を閉じ息を詰める。

 私は、アシャの。

「………かけがえのない」

 かけがえのない。

「………仲間、だ」

「…………」

 一瞬強張った体を気づかれただろうか。見開いた視界から溢れ落ちた涙を、アシャはどんな意味にとっているのだろうか。

「……いつまで…?」

 仲間。

「俺はお前の付き人だからな」

 強いて元気そうに響く声。

「……じゃあ、セレドに戻るまで、かな」

「……ああ、そう、なる、な」

 アシャの顔を振り仰げなかった。まっすぐに前を見たまま、何とか笑った。

 レアナの妹で、セレドの第二皇女で、付き人であるアシャの、仲間。

(勝手に死ぬことも、許されなくなった)

「……わかった」

 ゆっくり目を閉じる。

「……ボクは……アシャの、仲間で、いる」

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