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(だって…)
ユーノは心の中で問いに応じる。
(あの時だって、私に付いていなければ、サルトは死ななかった……ううん、アシャだって)
魔物の姿、禍々しいドーヤル老師、傷を負いながらもユーノを助けにきてくれたのに、ユーノの腕の中で気を失ったアシャ。
サルトの姿が重なって凍りつくほどぞっとした。
(もし、私がギヌアなんかに狙われてなければ)
レスファート。カザド兵との戦いで、滑らかな足に走った紅の筋。
(カザドなんかに狙われてなければ)
護ろうとしていたレアナは、ユーノを引っ張り出すために連れ出されて囮になり、危うく殺されてしまうところだった。いや、ユーノ1人だったなら、確実に殺されていただろう。
(私がいたから………ううん……私が……いなければ)
生まれ損なったとは思っていた。神様とて忙しいのだろう、時には少女の体に少年の魂を入れてしまうことがあるのかも知れない。送り出してから、ああしまったと見送られていたのかも知れない。
(でも…ひょっとしたら…)
ユーノは空ろな心の奥で考える。
(生まれたこと自体、間違っていたのかも知れない)
父母とレアナ、セアラが談笑する中に入れなかったのも、一度や二度ではない。拒まれたわけでもないのに立ち竦んで、1人でじっと4人で作られた輪を見つめていた。それでも時にはそこに入りたくて、手を伸ばしかけ、その都度、カザドが来るかも知れないと思い直して首を振り、背中を向けた。
ミアナ妃が優しくレアナの髪をまとめる。セアラのリボンを結び直してやる。皇はおどけて小さな貴婦人達にわざわざ椅子を引いてやり、レアナとセアラが優雅にドレスを広げお辞儀を返して腰掛ける。響く笑い声、甘く柔らかい母の声が窘める、皇女はそんなに大声で笑うものではありませんよ。
その声を、全身を耳にして、背中を向け、庭のほの暗い隅に油断なく視線を配りながら、テラスの手すりに腰掛け、聞いた。心の全てを見えない手にして、朗らかな輪に差し伸べながら考えていた。
(不思議だな)
温もりを求め、肩を竦めて少し寄せる、抱く腕はテラスに突いて体を支えているから。
(あそこに私がいなくても、何のかわりもないんだな)
たとえばレアナがいなければ、まずミアナ妃がレアナはどこにいるかと尋ねるだろう。同じようにセアラがいなければ、皇が、ミアナ妃がいなければ、同じく皇が、皇がいなければ、ミアナ妃が居場所を確かめようとするだろう。居場所を確かめ、何をしているのか、どうしてここへ来ないのかと尋ねるだろう。
けれども、ユーノについては、始めにセアラが「ユーノ姉さまは?」と尋ね、皇が一言「またレノでも駆けさせておるのだろう」と応じたきり、以後は誰も話すことさえない。
(私が……いなくってもいい……のかな?)
夜の闇に問いかけても、答えが返るはずもない。
(父さま達のせいじゃない)
そっと心の中で反論する。
(私はあんまり皇宮にいないから、な)
ちゃりっ、と腰で剣が音をたてる。
(うん、だからきっと、そのせいだ)
俯く。そうではない、と気づいているのを見まいとする。
(護れれば……いいだろ?)
自分に問いかける。
(護れれば……ねえ?)
帰る所はないとわかっていても。
(でも……アシャの側には、もう、レアナ姉さまがいる…)
そこに、ユーノが居るどんな意味があるのだろう。アシャはレアナを命にかえて護るだろう。レアナはアシャの心安らぐ場所となるだろう。アシャはいずれセレドに戻り、そして、セレドは安泰となる。父母はもちろん、いずれセアラにも護ってくれる人が現れる。
(私の手なんか……いらない……私は誰にも必要じゃない……)
そればかりか、ユーノが居ることで、アシャレアナ、レスファートやイルファを巻き込んでしまう可能性の方が遥かに大きくなりつつある。殺気立ったギヌアの顔、下卑た笑みを浮かべるカザディノの顔、敵の顔なら幾つも幾つも思いつく。
(……ああ……そうだ)
ゆっくり瞬いて思う。
(皆を護るなんて言って、ほんとは)
ユーノが支えられてきたのだろう。皆を護り支えていると思っていた、そのようにあろうと願っていた。
けれど、本当は、ユーノが、ユーノ自身が、自分は生まれて来ない方が良かったと思うのがたまらなかったからだ。何かどこかで、自分が必要とされていると信じていたかった。
(だから……『聖なる輪』(リーソン)…)
心の中でそっと命じる。
(もう……鳴るな…)




