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「はうっ!」
「ユーノ様!」
夜の闇。繰り出されてくるカザドの刺客の剣。傷を負って転がれば、手から剣がはね飛んでしまう。
(しまった!)
歯噛みしても既に遅い。この前の戦いで受けた傷が完治していないユーノにとって、剣がなければ苦戦は必至、このままでは屠られるのを待つしかない。
(これまでかっ)
「たああっ!!」
勢いに乗って振りかぶり振り下ろしてくるカザド兵、さすがに覚悟して目を閉じたとたん、響いたのは絶叫。
「うわああっ!」
(サルト?!)
ぎょっとして目を開けると、目の前にずしっとサルトの体が降ってくる。
「ユー……ノ…さ…ま…」
「サルッ…」
キンッ!
呼びかけながら、すがるようにしがみつかれて手渡された剣で、カザド兵の攻撃を受け止めた。剣さえ手に入れば、1人や2人のカザド兵、たとえ負傷したサルトを庇ってでも倒せないユーノではない。
「ひ、ひけっ! ひけえっ!!」
悲鳴のような叫び、嵐のように去っていったカザド兵、ほっと息をついたユーノは次の瞬間体を強張らせる。背後に庇ったはずのサルトがぴくりとも動かない。そればかりか、その体を覆うのは半死半生の荒い呼吸でもうろたえたように轟く心臓の鼓動でもない、固く深く静まった死の無音だけ。覗き込めば、骨に達するほど深く大きく切り裂かれた背中の傷、それだけではない、抉り込まれたような刺し傷が背中に抜けている。
「サル…」
(私を、庇って)
静寂の中、視界が一気に曇った。
誰もいない、誰も襲撃に気づいていない、今ここにいるのは、ユーノとサルトだけ。そして、今もなお、誰1人駆けつけてくる気配さえなく。
だから、ユーノは心のままに振舞える。
そろりそろりと、冷え強張っていくサルトの体に腕を回す。抱え、ゆっくりと抱き締める。
『本日より付き人になりました、サルト、とお呼び下さい』
付き人など初めてだった。着替えをきちんとしないことや食事をちゃんと摂らないことを、あれほど真剣に心配されたことも。
『いいですか、ユーノ様、仮にも第二皇女なんですから、時にはにっこり笑って下さい。……違いますって、それじゃ怒ってるみたいですよ』
傷を隠すために遠ざけると悲しげに顔をしかめ、頼みごとをすると喜んで駆けよってきてくれた。
『ありがとうございます! 俺、お役に立ってるんですよね!』
老いた両親の世話をしなくてはならないと言いながらも、いつも嬉しそうだった。
『俺1人っ子だから。ユーノ様みたいなのが3人居ればよかった……あ、失礼しました! 何もユーノ様が男勝りだなんて言ってませんから!』
からかう笑顔が、心配するしかめ顔が、頭の中を、心の底を、繰り返し繰り返し巡り巡り巡っていって。
「ご…めん……」
サルトの肩に顔を埋め、ユーノは呟いた。泣き声を上げる代わりに、何度も何度も謝り続ける。
「ごめん………ごめ…ん……私の……せいだ……ごめ…ん……サルト…っ」
サルトの死は隠された。
傷痕の残った遺体を返すわけにはいかない。彼は遣いに出たまま帰らなかったということになった。
どこかで盗賊に襲われたのかも知れない、彼を1人で遣いにやるのではなかったと話すユーノに、老父母は肩を落として帰っていった。老夫婦の世話を密かに言いつけるのはもちろん、その後ろ姿を見ながら、ユーノは心の中で詫び続けた。
(私のことを、憎んでも嫌ってもいいから。だけど、今は話せない、ごめん………ごめんなさい)
唇を噛んで見送り続ける、口の中に苦い血の味が広がる。
だが、涙は一切出なかった。




