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リ……ィィ……ン……リ…ィ……ン。
静まり返った氷の岩屋の中、微かな響きが谺する。
「ふ…」
深く澄み渡る輝きをたたえた床の上に、ユーノは横たわっている。外光は射していないが、壁に使われている光石のせいで仄かに明るい広間、ぐったりと四肢を投げ出している左肩は、見るも無惨なささくれ立ったような血肉の塊と化している。首の付け根辺りから引き裂かれたような傷がぱくりと口を開け、傷がじっとりと濡れているのは、そこからまだじわじわと流れ続けている体液のせいだろう。
もっとも、傷からすれば、その量は信じられないほど少なかった。まるで見えない何かが膜となって傷を覆っているように、吹き零れて一気になくなるはずの血潮は、ごく僅かずつ滲み出して零れていくだけだ。
「う、…」
今しも、その微かに開いた唇から小さな呻きと息が漏れ、ユーノの命の灯が揺らめきながらも消えてしまってはいないことを教える、が。
ジリッ……ガッ……ガラッ! ドスッ!
突然、その小さな吐息に呼応するように、固いものがこすれあう響きとともに、広間の天井から崩れ落ちた何かが凄まじい勢いで床にめり込んだ。薄闇にきらきらと光を放ちながら突き立つそれは、一抱えほどもある透き通った結晶の柱だ。
もし、ユーノに意識があるならば、その岩屋の天井を見上げた途端、声もなく立ち竦んだことだろう。
床を平に覆う広々とした天井は、実は大小無数の水晶の原石から成っていた。原石、と言っても、泥や土に塗れているわけではない。優れた芸術家が腕によりをかけて磨き上げたような滑らかな表面、六角の柱状で鋭く尖った先端を下に、ぎっしりと貼りついている。
岩屋の天井に水晶が貼りつけられたというより、水晶の山を掻き分けて岩屋としたようなその造形は、人間業ではなし得ない精巧さと美しさがあったが、同時に実は、残忍さと気まぐれを含んでいるものだった。
「く…っ」
既に意識朦朧としており、声を上げたつもりさえないユーノが、僅かに身動きし唸る。それはもう、声と呼べないほど微かな悲鳴だったが、天井から吊り下がった剣の切っ先にも似た水晶の塊は、確実に反応した。
ズッ…。
ユーノの真上近くの、水色の結晶が微かに震え、揺れる。はめ込まれていた場所からついに重さに耐えかねたとでも言いたげに、じりじりとずり落ち始め、やがて生を保たない無機物特有の容赦なさで、まっすぐ真下のユーノめがけて落ちていく。
ふ、と何に呼ばれたのだろう、ユーノが目を開けた。漆黒の瞳には膜がかかったような無表情さが満ち、自分めがけて落ちてくる水晶の切っ先にも注意を払う様子はない。
ヒュ……ゥン……ドッ!!
「……」
水色の水晶は、ユーノの右頬すれすれを掠めて耳のすぐ側に落ちた。天井にあっては小粒の結晶だったが、それでも落ちてみれば、優に顔ほどはある。直撃すれば、ユーノの手足なぞ、ただの肉塊に成り果てるだろう。
だが、ユーノには、その光景も、その光景が与える恐怖も意味を為さなかった。見えなかったわけではない。それよりも、心をぎりぎりと締め付けてくる責め苦に耐え続けるのに精一杯だったのだ。
(…『聖なる輪』(リーソン)が………鳴って……いる…)
いつ気づいたのか定かではなかった。ただ、それが鳴ると、心が泡立ちかき回されて、幼い頃の思い出が次々と甦ってくる。そして、それを待ち構えてでもいたように、得体の知れない何かの気配が、ユーノの魂を粉々にしながら引きずり出そうとするのだ。
(鳴る…な…)
そう願う。
(鳴る…な…?…)
『聖なる輪』(リーソン)が鳴らなくなるということは、死を意味するのではなかったか。
(それでも……いいんだ…)
それでもいい?
どういうことだ?
問いかけてくるのは誰だろう。
(だって…)
その問いに、心の中に一つの光景が溢れ出す。