10
「見るがよい、ウォーグ」
ラフィンニは思わず呟いたウォーグを促した。
「手足の華奢さ、うなじの細さ、胸元も微かに膨らんでおろう。紛れもなく少女の体じゃ。ふふふ…」
ついつい零れてしまったと言いたげな笑い声を漏らす。
「ユーノとやら、アシャの身代わりに使者を務めに参ったらしい」
「何と」「身代わりと?」「愚かな」
『泉の狩人』(オーミノ)達が再びざわめく。
「身代わり……少女が……ほ、ほほ」
セールが軽く嘲笑を響かせた。
「何と大胆な」
「如何にも、アシャが惚れそうな娘じゃ」
「いやいや」
笑いさざめく狩人達を制して、ラフィンニは続けた。
「なかなかどうしてたいした腕じゃ、見るがよい、シャギオと互角にやり合っておるぞ」
八角形の中にラフィンニが見て取っているのは、雪山の中を対峙し、互いの隙を狙い合う一匹の獣と少女だ。少女の緊迫した表情に比べ、シズミィの気配は余裕綽々、如何に残酷に相手を屠るかと舌なめずりをしているのがはっきり見て取れる。
「しかし、これでは、そうはもちますまい」
セールが苦笑まじりに首を振る。
「足下は雪、動きはすぐさま鈍くなり、感覚はなくなり、いずれは大地に倒れ果て、死して我らの贄となるばかり………」
一瞬考え込んだ様子で、セールはことばを切った。ちらりとラフィンニを伺った気配、やがて、
「……アシャに免じて、シャギオを引かせましょう」「そうじゃな」
何もこんな幼い無知な者の血で、雪山を彩ることもあるまいよ。
ウォーグも頷く。
「待つがよい」
合図をしかけたウォーグとセールを、ラフィンニはあっさり止めた。くっくっくっ、と不気味な獣じみた笑いを喉の奥で響かせながら、
「まだもうしばらく楽しんでもよかろう」
くすくす、くすくす、と奇妙に可愛らしげな笑い声が周囲から漏れた。
「手が落ちれば引き上げますか」「足が裂かれて動けなくなれば?」「いやいや、心の臓が破れてからの方が楽しめるというもの」
そこには誰もユーノの命を案じる顔はない。
「……シャギオに長引かせよと命じましょうか」
セールは薄笑いを響かせて尋ねる。
「無知ゆえとは言え、聖なる山を蹂躙したのだから、覚悟はしているはず。己が何をしようとしたのか、心底身に沁みるまで、弄ばせましょうか」
アシャが嘆きましょう、それもまた一興、とはどこかから漏れた嘲笑、それにもラフィンニは不快を示すことはなかった。
「いや、如何に戦うのかも見てみたい」
ラフィンニはじっと八角形の水面を見下ろす。
「ユーノが倒れそうになったら、シャギオに導かせて連れてくるがよい」
「こちらへでしょうか」
訝しげなセールに、ラフィンニは顔を上げた。どの顔も同じ白骨の造り、それでもラフィンニの突き出した頬骨には一層白々とした光が跳ねる。いっそ穏やかともとれる口調で、
「いや、『沈黙の扉』の中へ。アシャの代わりに来たのなら、それ相応の覚悟は見せてもらわぬとな」
「まあ……」
一同の中に微かな驚きが走った。
「そこまで保ちましょうか」「それはアシャが?」「ユーノが?」
口々に呟く声は嘲りと期待がある。
「なるほど、確かにそれは楽しみ……ほ、ほっほほほほ」
堪え切れぬように笑い出すセールに、ラフィンニも笑みを返す。
「であろう? 我らは飽いておるのじゃ、この重苦しい平穏に」
「如何にも」「まさしく」「ふふふふっ」「くくっ」
ラフィンニのことばに、狩人達は一斉に禍々しい笑い声をたてた。




