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ラズーン 4  作者: segakiyui
7.『泉の狩人(オーミノ)』
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10

「いや、ちょっと、その……用足しに」

「ふぅん、用足し」

 ユーノは剣を帯びたアシャの姿を眺めて繰り返す。

「そっ、用足し」

「じゃ、早く行って来たら」

「あ、ああ」

 ほっとしてユーノの側を擦り抜けかけ、続いたことばにぎょっとして立ち止まる。

「期限は7日」

「!」

「『使者の輪』によればね。間に合うの?」

「……知っていたのか」

 ゆっくりと振り返り、相手の黒い瞳がこちらを見つめているのに苦笑した。

「実のところ、間に合えばいい、というところだな」

 今更隠しても無駄だろう。本音と不安を少し、吐き出す。

「どうする気?」

宙道シノイを片っ端から開ける。狩人のオムニドに入ってからは、うまくいけばシズミィの道案内が得られるかも知れない」

「シズミィ…」

 ユーノが考え込みながら呟く。

「聞いたことがある。聖なる山の道案内だ」

「そういうことだ」

「でも、アシャ!」

 こともなげに応じたアシャに腹を立てたように、ユーノが噛みついてきた。

「そんなことしたら、あなたの体、もたないよ!」

「ばか」

 必死な目の色に笑みを返す。

「それほどヤワじゃない。伊達や酔狂で視察官オペだったわけじゃないぞ。ただ…」

「うん、ただ?」

(男は狡いな)

 アシャはユーノの口許を見つめた。レアナに似た、けれども数段意地っ張りな線の、不安げな唇。

「『守り札』があると嬉しいな」

「あ…」

 夜目にもそれとわかるほど、頬の辺りを染めたユーノが、怒り狂うかと思いきや、きゅっと唇を引き締め頷いたのに驚く。

「わかった」

「…」

 浅ましいが、ごくり、と唾を呑み込んでしまった。

「気をつけていってきて」

「ああ」

 どうする? 頬にくれるはずの唇を、何かが聞こえて振り向いたと偽って口で受け止めるか? それとも一度大人しく受けておいて、大変な任務に向かうのには足りないとごねてみせようか。

「ちょっと屈んでよ」

「ああ…」

 ユーノはまともに『守り札』をくれる気らしい。少し背伸びをする仕草が愛らしくて、間近に漂う柔らかな熱を早く体に感じたくて、思わず零れる笑みのまま見下ろしていたら、

「…目を閉じろよ」

 赤い顔で詰られた。名残惜しく、その表情を楽しんで、それから浮き浮きと目を閉じ体を屈ませた、次の瞬間。

 ドスッ。

「ぅぐっ」

 視界に飛び散った鮮紅色の花火、まともに鳩尾に一発食らい、痛みが体を走り抜け、呻いて崩れる。

「ごめんね、アシャ」

 耳元で囁かれる声がきんきんと鳴る警告音の向こうで掠れていく。

「今夜ぐらいだと踏んでたんだ。『使者の輪』、借りるよ」

 体が少しの間支えられ、床の上に横たえられる。抵抗ができない。激痛に吐きそうだ。必死に食いしばった歯の間から漏らした声に、ユーノが少し震える。

「や…め…」

 左手首から抜き取られていく『使者の輪』に悪寒が走り上がった。視界が見る見るなくなっていく。ようやく塞がりかけた傷が開いたのを感じて、全身が竦み感覚を落としていく。痛み止めを呑んでいなければ、とうに消えていた意識に、ためらいがちな声が届く。

「レアナ姉さまのこと、頼むよ」

(勝手なことを言うな)

 心は暗闇に抵抗する。ようやくこの手で守り切ったはずの命が、今目の前から飛び去ろうとしていることを知って、恐怖に凍った。

(俺をなんだと思ってる)

「それから…」

 ユーノの声が波打つ意識の向こうで響く。

(俺は)

「ちょっとだけ……私に『守り札』、ちょうだいね」

 頬に押しつけられた柔らかな温かみ、すぐに離れたそれを求めて顔を動かす。

「…く…っ」

 だが、それだけで、がしり、と巨大な鎖が降り落ちたような体の重さに喘いだ。

(俺は、お前を)

「ごめん……ごめんね…っ」

 慌て気味に飛び退く気配。

(お前を)

「ごめん…っ、アシャ……っ!」

 遠ざかる足音、悲鳴のような謝罪、その全てが闇の奥へ消え去るのを引き止めることもできず。

「…ノ……っ…ぅ」

 アシャは胸を抱えて意識を失った。

 

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