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ラズーン 4  作者: segakiyui
7.『泉の狩人(オーミノ)』
55/89

6

(私、何を、姉さまのアシャなのに、何を!!)

 庭を駆け抜け、厩へと走り込む。

「ヒスト!」

 愛馬はぶるるっ、と鼻息を漏らした。飛び込んできた主に驚く様子はない。その体に抱きつき、顔を伏せる。訝るように首を巡らすヒストにしがみつきながら、

「ごめん……っ…ちょっとだけ……こうしてて……でなきゃ…っ」

 この心が砕けてしまう。見えない傷が抉られるように口を開いて、血が溢れ出すのを感じる。

(レアナ姉さまのアシャなんだ、あの腕は私のものじゃない、あのキスは私に与えられたものじゃない)

 何度も何度も胸の中で繰り返す。その度、魂の傷は容赦なくぎりぎりと広げられて新たに血を吐いていく。止まらぬ血はどこへともわからぬ心の深みに呑み込まれ、その重さが傷を求める。重さを見ないように、耐えられない自分を考えないように目を背け、そうして裂かれた傷が血を吐き、吐かれた血が傷を増やし……そして、心はズタズタになっていく。

(どこへ行けばいい? どこへ行けば、この想いを断ち切れる? 何度繰り返せば、アシャを求めなくなる? 何度言い聞かせれば、この心は納得してくれる?)

「う…」

 顔を埋めた生き物の温もりに堪え損ねた嗚咽が零れた。ひどく寒く辛かった。

(どこまでいっても、一人なんだ)

 どれほど多くの人に出逢い、どれほど親しい交わりが増えようとも、この胸の隙間を埋めてくれるのが誰だか知ってしまった今は、最後の瞬間、一人でいる自分しか思い浮かばない。

(姉さま……アシャ……私はどうして……どうして……私、でしか、ないんだろう…?)

 果てのない自問の海に沈みながら、しばらくヒストにしがみついていたユーノは、やがて、ゆっくりと力を抜いた。

 ほう、と深い息を吐く。

「しっかり……しろよ…」

 そっと自分に囁きかける。

(お前はユーノ・セレディスだろう? こんなことでだめになるような、ヤワな育ちはしてないだろう?)

 きゅっ、と唇を引き締める。

(わかっていただろ? あの、セレドを出た日から。それを承知で旅を続けてきたんだろ?)

 いつかレアナに返さなくてはならない腕と知りながら、心を委ねてきてしまったのだ。返す時が多少早くなっただけのことだ。遅かれ早かれ、アシャの全てはレアナに注がれる。それをわかっていながら甘えてきたのは、アシャのせいでもレアナのせいでもない。全ては自分の弱さなのだ。

「大…丈夫…だろ…?」

 何でもないだろ? たとえ一人で死ぬことになっても。

「…後悔なんか……しないだろ…?」

 だって。

 だって、私は。

「ユーノ、だろ…」

 掠れて消えそうな声を飲み込んだ。

(そうだ、私は、ユーノだから)

「ユーノ! こんなところにいたのか」

「っ!」

 背後から声をかけられ、ぎくりとして振り返った。すぐに何気ないふうを装う。

「リヒャルティ…」

「体の方は大丈夫かい?」

 笑いかける。

「ああ。ったく、情けねえよな」

 きれいな線を描く唇を不愉快そうにねじ曲げ、リヒャルティはふて腐れた表情で見返してきた。

「『緋のリヒャルティ』が何てザマだ、って、兄貴に散々言われた。それより、ユーノ、兄貴がさっきから探してたぜ」

「セシ公が?」

 ユーノはきょとんとした。

「何だろう」

「さあ…何か『泉の狩人』(オーミノ)に関したことだって言ってたけど」

「わかった」

 訝しそうに首を傾げる相手に、笑顔が足りないかと、なおにっこりする。

「兄貴は今作戦室にいるぜ……けど」

 リヒャルティはどこか眩げに目を細めた。

「すぐに行かなくてもいいかも知れないけど」

「でもわざわざ探してくれていたんだろう? 行ってみるよ、ありがとう!」

 身を翻した瞬間、リヒャルティが小さく舌打ちしたように聞こえた。


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