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目の前の雪原に、いつの間にか現れたのか、蒼白いドレス姿の美しい女性が数人立っている。ほっそりとした形のいい素足、雪と紛う白い肌は薄布のような蒼のドレスに吸い込まれ、腰には焦茶の細いベルトが巻きついている。ふっくらと豊かな胸の中程まで露にして、残りには柔らかな青色系の布を纏っており、細い首筋は繊細で華奢な作りの顎へと繋がる。流れる髪の色はそれぞれ違うが、いずれも長く、波打ち、あるいはさらさらと風になびいて体にまとわりつき艶かしい。
だが、その美女達には、本来あるはずの顔がなかった。
首から上が存在していないのではない。確かにあることはある、だが、それはそのまま在ることなどとても考えられない、虚ろな眼窩を窪ませた骸骨そのものだ。顎のあたりから肌は骨に変わり、潤いも張りもなくす。絡みつく艶やかな髪もどこかおどろおどろしい。
伝説の存在、『泉の狩人』(オーミノ)だ。
そう、何を隠そう、シズミィは『狩人の山』(オムニド)における彼女達の道案内、言い換えれば、シズミィの居るところに『泉の狩人』(オーミノ)は現れる。
『来い、シャギオ』
呼ばれたシズミィは、ちらりと物欲しそうにアシャの傷を眺めた。アシャの体の上で身構えたまま、そこから離れようとはしない。
『そなたが美しいものを好むのは知っておる』
くっくっく、と黄泉路の風が吹き過ぎるような寒々とした笑いを響かせて、先頭に居た栗色直毛の女が続けた。
『確かに、アシャは音に聞こえた美形だとも………我ら「泉の狩人」(オーミノ)とて、このまま美しい地獄絵図を楽しみたいのは同じこと』
骸骨の黒い眼窩の奥で、眼に見えぬ眼球が動き、雪を朱に染めて横たわるアシャを舐めるように眺めたようだった。
『白雪に紅と朱の花、蒼ざめた顔に紫の瞳も悪くはない……汗濡れた頬や喘ぐ口許もそなたの好みだろうて……それにアシャほどの男が血に染まっているのは確かに見物だろうよ』
背後に居た女が混ぜっ返す。
『だが、シャギオ、同時にアシャは我が王『太皇』の世継ぎにもなった男……我らの楽しみのために捨て置くことはできぬのでな』
シズミィは渋々と言った様子で、アシャの首から尾を解いた。そのまま離れるのかと思いきや、最後の一舐めとばかりに左胸に顎を埋める。
「ぅあっ!」
もちろんわざとだろう、牙で傷を引っ掛けられ、アシャは声を上げて仰け反った。
『ほ…ほほ……』
『きつい子じゃ、アシャの血はさぞかし旨いと見える』
『我らが盃にもどうじゃ、ええ?……ほほほっ』
女達は口々に楽しげな笑い声を響かせた。さすがに視界が一瞬暗くなり、危うく意識を飛ばしかけたアシャに、先頭の女が一歩近づく。雪が軽くきしむ音に、何とか眼を開く。血を流し過ぎたのだろう、息が弾んだまま、なかなか戻らない。
『アシャ、この通り、我らは世に外れた者だ。「太皇」と言えども、すぐには我らを動かしはせぬ。何をしにきたかは見当がついている……このまま帰り、出直すがいい』
「…『泉の狩人』(オーミノ)は……」
はあはあと忙しく息を吐きながら、アシャはかろうじて嗤った。
「無口な…一族と聞いて…たが……結構……おしゃべりな…奴がいる…な…」
『ほう…』
先頭の女が低く唸る。殺気を帯びた凄みのある声だった。
『あくまで……我らに喰らいつく気か』
「…その…役目を……追って……きた…」
朦朧としてくる意識、霞む視界を振り払いながら、アシャは応じた。血を失い、体温を失って、体が無意識に震えてくる。食いしばったつもりの歯がかたかたと小さな音を鳴らす。
『…ふ……ふふっ…』
先頭の女が嗤う。
『なんとも……強情な……。…よかろう。我らが長に会わせよう。セール!』
『はい』
『アシャを連れてきてやれ』
『はい』
セールと呼ばれた女が進み出る。ゆっくりとアシャに屈み込み、とても女の力とは思えぬ怪力で、軽々とアシャを肩に担ぎ上げた。
「ぐぅっ!」
体を二つに裂かれたような激痛に呻いた。必死に噛み締めた奥歯が嫌な音をたてる。ボタボタ…ッと衣服に溜まっていた血と新たに出血した分が、雪とセールの肩を紅に染めるが、相手は気にした様子もない。むしろ、体を濡らす血潮に気持ち良さそうに続けた。
『長の前でまだ口をきけたら』
くっくっくっくっとセールが嗤う。
『少しはそなたの言うことも聞こうぞ、アシャ』
そしてアシャは、傷の手当も受けないまま、雪嵐が吹き始めた『狩人の山』(オムニド)を運ばれていった。




