表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 4  作者: segakiyui
7.『泉の狩人(オーミノ)』
51/89

2

「ったく、もう…」

「何を怒ってる」

「傷口なんだぞ、まだ治り切ってなかったら」

「痛かったか?」

「…もういい」

 ユーノは唇を尖らせて顔を背けた。

 ベッドのアシャの瞳は笑みを含んでいて上機嫌だ。長い間臥せっていたにしては調子が良さそうだ、そう思った瞬間に脳裏を掠めた影に後悔した。

(当たり前、か)

 ようやく想い人と会えたのだ。すぐ側で声を聞き、柔らかな体温を寄せられ、甘い笑みを向けられて寛がない恋人などいるものか。

「それより」

 思いついたことにはっとして、ユーノはアシャを振り返る。

「ん?」

「『狩人の山』(オムニド)でのことを話してよ。後で話すって約束しただろ」

「『狩人の山』(オムニド)……そうだな」

 一瞬、暗い影がアシャの瞳を覆った。だが、それは問い正す前にすぐに消え、アシャは低い声で話し始める。

「『狩人の山』(オムニド)に入ってすぐ、俺はギヌア達に待ち伏せされた」

「ギヌア…!」

 息を呑むユーノに、ああ、と苦く笑った。

「俺が甘かったってことだ」


 『泉の狩人』(オーミノ)と『運命リマイン』が手を結ぶのを阻止するべく『狩人の山』(オムニド)に分け入ったアシャは、それでも何とかギヌア達を防ぎ、その意図の一つを挫いたものの、左腕と左胸、脇腹を負傷した。

 傷は思ったよりも深く、出血が続き、さしものアシャも昏倒して雪に埋もれ、このまま果てるのかと思われた。

「…ぅ…ん」

 が、しばらくして、アシャは何か柔らかくてしなやかなものが、首の当たりに触れている気配に薄目を開けた。

 ぼんやりと霞んだ視界に銀青色の塊が映る。瞬きをしたとたん、それは、尖った耳で四つ足の、ほっそりした顎に金と青の色違いの眼の動物となって像を結ぶ。

「く!」

(シズミィ!)

 動物の名前に思い至ったアシャが跳ね起きようとした瞬間、それを待ち構えていたように喉に巻きついていた尾が締まり、左胸を押さえつけていた前足が爪を立てる。

「ぅぐ!」

 激痛に弾かれる体、顔を歪めて再び雪に沈む。

 衝撃に乱れた呼吸を何とか整えながら、アシャは相手を見定めた。

 成獣ではないのだろう。アシャの両腕に抱えられるほどの大きさだが、ぴんと伸びた白い髭、容赦なくアシャの傷に食い込ませてくる金色の爪、細身の骨格に無駄なところのない筋肉、残忍なほど冷たい双眸は紛れもなく天性の殺戮者のものだ。

 身動きを押さえたアシャの胸から、裂けた衣を濡らして生温かなものが滴っていく。相手はゆっくりとそれを見下ろし、僅かに目を細めると顔を降ろしてきた。目を伏せ、桃色の舌を出してアシャの血を舐め取ると、満足そうに改めて口を開いた。獲物を味わうように傷の辺りから首筋、頬へと舌を移動させていく。

「…く…ぅっ」

 ざらざらした細かな棘があるような舌に舐め擦られ、傷が開き、肉がこそげられる。次々砕ける激痛に、アシャは眉をしかめて歯を食いしばった。今すぐに掴みかかりもぎ離したいのを堪えながら、四肢を投げ出し目を閉じる。

 銀青色の獣の名はシズミィ。肉食動物で人肉も好んで食する。攻撃は執拗で獲物を骨にするまで離れない。自由自在に動く五本目の手のような尻尾は体長と同じぐらいあり、爪で掴み切れずとも、獲物の首を尾で巻き締めて折ることもできる。

 今アシャの首を締め切らないのは、アシャが身動きせずに、自分の餌となるのを甘受しているから、つまりは生き餌の方が好みなのだ。

「ぅ、ぐ、う…」

 体が勝手に跳ねる。首を締める力がじりじりと増す。ぴちゃぴちゃと楽しげに鳴らす舌が肌に落ちる度に悪寒が走る。相討ち覚悟ならば抵抗できなくもない、だが、実は、この獣は他の何よりも危険な要素を持っていた。

『そこまでにするがいい、シャギオ』

 ふいに、あたりの空気を一瞬に澱ませるような暗い声が命じた。ぴくりと不服そうに獣がアシャを味わうのを止めて顔を上げる。

『シズミィに襲われても耐えるところは、さすがにアシャと言いたいが』

 違う方向からも似たような響きの声が嘲った。

『いかなアシャとて、これ以上に出血に耐えられるとは思えんな』

「……」

 アシャは荒い息を弾ませながら眼を開けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ