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(なるほど、これでは攻めようがない)
ドーヤル老師の、のろのろした歩みに合わせて歩いていきながら、ユーノは思った。
城壁の裏には兵士の寝起きする建物と少しばかりの土地がある。二区画行くか行かないかで、それは唐突に掘に遮られる。水面は地面より遥か下、水面から地面に上がるための足がかりは何一つなく、次の城壁となっている。
同じ構造が三重に中央の城を囲み、間を繋ぐのは木の跳ね橋一つ、そこで一々入る者出る者を調べており、たとえ外の城壁内に忍び込めた所で、城主の居る所へ辿り着くまでには、後二つの関門を潜らなければならない。跳ね橋が降ろされるのも、どちら側かの門番が怪しい者ではないと相手側に合図を送った時のみだ。
ぎっ……ぎっ……と不気味な音をたてて降りてくる最後の跳ね橋に、ユーノはじっとその向こうへ眼を据えた。
(確かに守りは堅い………だが、内からはどうだ?)
得た情報を素早く攻撃に生かそうと考える。
(内側からなら崩せないか?)
「ここが最後の壁じゃよ、ユーノ姫」
ドーヤル老師は細い顎で指し示し、ゆっくりと跳ね橋を渡った。後からユーノは落ち着いた足取りでついていく。
「そして、ダイン要城じゃ…」
渡り切るや否や、再び鎖をきしませて上がっていく跳ね橋を背に、ユーノはドーヤル老師の向こうにそびえ立つ『黒の城』を見上げた。四角い箱をごちゃりと固め寄せたような基部、それと対照的なまでにほっそりと優美に伸び上がった尖塔。
「っ!」
ふいに、がしりと両側から腕を捕まえられ、ユーノは体を強張らせた。いつの間に距離を縮めていたのか、質量高さともにユーノの軽く倍はありそうな体躯の男達が、剣へ滑らせていたユーノの手と肩を押さえつける。中の1人が腰の剣を取り上げ、ユーノの目の前でめきっ、と音をたてて2つに折り畳んでみせ、薄笑いした。
「さて、ユーノ姫」
ドーヤル老師が芝居気たっぷりに体を振り返らせた。嗄れた笑い声を上げながら、異様に丁寧な口調で続ける。
「儂のご案内もこの辺りまでじゃ。姉の姿を一目見せてやろうとも思ったが、レアナ姫は中央塔の主の部屋においででな、この老体を運ぶには少々堪える」
「うっ」
腕を捻り上げて縛られ、ユーノは眉をしかめた。動かそうにも指先にまで痺れが走って、すぐに感覚がなくなってくる。
「ついでじゃ、そなたには面白い趣向をご用意いたそう。中央塔の下には小さな部屋があってな、人によっては生きて出られぬ者もおる。そこへお連れしようかの、ユーノ姫。何、感謝には及ばぬよ、そなたの誇りに礼を払ってのことじゃからな。ほっほっほっほっ……」
ずん、と鳩尾に拳を突き込まれ、ユーノは体を2つに折った。込み上げたものを吐き捨てる。目の前が暗くなり、意識が暗黒の彼方へなだれ込む。
(く…そ…っ)
レアナの居場所はわかったが、もう少し奥まで入り込みたかった、そう思いつつ、ユーノは気を失った。