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「まさか…」
「こんな子どもなのか?」
「剣を扱えそうな体じゃないじゃないか」
「…ごちゃごちゃ言ってないで、連れていけっ」
低く吐いたことばに、一瞬ざわめきが止まった。肩を掴んだ男が今にもそのまま握り潰そうとでもするように力を込めてくる。ここで始末できるかどうか、そう見計らってでもいるような相手を、ユーノはゆっくりと見上げた。
(もしここで留められたら?)
もちろん、今取り囲む数人は死んでもらおう。屈強な男達を一瞬で倒し、ユーノ・セレディスと名乗る者を、多人数で屠るようなことはしないだろう。殺すつもりなら、とうの昔に仕掛けてきている。レアナを手元に取り込み、ユーノを呼び寄せたのは、『主』が生きているユーノが必要だからだ。その『主』の意向に逆らうようなことはすまい。
「レアナ姉さまは無事なんだろうな」
「無事じゃよ」
ふいに、その場にそぐわない穏やかな老人の声が響いた。
兵士達の茶色の兵服の奥から人混みをかき分けるように、腰の曲がった老爺がよぼよぼと出てくる。引きずっている黒の衣、乾燥し、ふしくれだった指に嵌めた幾つもの指輪が、陽の光に妙に禍々しい輝きを弾く。
「ドーヤル老師」
門番の人が老人を認めて、そちらを振り向いた。
「ユーノ・セレディス。セレディス皇の御子じゃな」
「……」
「ほっほっほっ…。そう、睨みつけずともよい。儂はバール将軍の側役、ドーヤル老師と人は呼んでおる。さすがは名高い姫じゃな。よい面構えをされておる」
「姫?」「女?!」
頓狂な声が続けて上がったが、ドーヤル老師の眼に射すくめられたようにおさまった。ゆっくりと振り向いてユーノを見る皺の寄った顔、輝く2つの碧の眼はいかにも優しげに細められているが、その奥にはしたたかな獣が浮かべる狡知と策謀の色がある。
「剣をお渡しなされ、ユーノ姫。まさか、敵陣を生きて出られると思ってはおられぬじゃろう」
ドーヤル老師は枯れた声で促し、かさついた唇を吊り上げた。皺が肌に刻まれるように深くなり、顔に影の隈取りを施す。
「レアナ姉様の無事はどうして確かめさせる?」
「それを確かめられて、どうする。レアナの無事を伝える者は勿論、既にそなたもここより生きては帰れぬわ」
ぎぎっ、ぎぎっ、ぎぎっ。
金属の擦れ合う固い音に振り返る。いつの間にかユーノを静かに取り囲んだガデロ兵士の後ろ、掘割に掛かっていた跳ね橋が引き上げられていく。やがて、がしっ、と重苦しい音がして、橋が屹立した。
退路を断たれ、周囲にはガデロ兵、万策尽きたはずのユーノだが、再びドーヤル老師を振り向いた唇には、静かに笑みをたたえていた。
「何を笑う?」
ドーヤル老師が見咎める。
「ここにおるのはそなた1人、万に一つの救いもありはしない」
「たいして変わった状況じゃない」
ユーノは眼を細めて嗤った。
「ただ、バール将軍の側役ともあろう者が、私1人の扱いに手こずっているのが面白い。それに、『銀の王族』をラズーンと交渉もせずに葬りたがるほど、ドーヤルは愚かなのか?」
私がどれほどラズーンにとって大切な駒か、知らぬわけではあるまい?
指先を軽く胸に当てて微笑む。ラズーン内部にまで刺客を送り込んでくるような相手なら、ユーノがただの『銀の王族』でなくなっているのも知っているかも知れない。それを餌に揺さぶりをかける。
「何っ」「この、小娘!」
「騒ぐな!」
殺気立つ兵士を、ドーヤル老師は一声で制した。じっとユーノを見据える。碧の瞳が妖しく揺らめく。
「なるほど、これはたいした姫じゃわ。不利とわかっても挑発してくる強気は好もしいのお…」
乾いた唇を予想外に赤い舌が舐めた。
「……よかろう、姉に会わせてやろう。久しぶりの対面じゃろうからな」
ドーヤル老師は老いさらばえた体を引きずるように向きを変えた。埃に塗れ、土に汚れて赤灰色に色が変わった黒衣の裾を面倒そうに払うと、振り向きもせず促す。
「来なされ、ユーノ姫。儂が直々の案内を務めましょうぞ」




