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たとえば、最後の瞬間。
(その時、私はアシャに何も言わずに逝けるだろうか)
ユーノは、石ころだらけの、ダイン要城へ続く道を歩きながら、地下道で自問し続けた問いを繰り返した。
(母さまにも父さまにも……レアナ姉さまにもセアラにも言わずに………ううん、レスさえも………たぶん私は欺ける)
ただ、悲しませたくないが為に。ただ、その涙を見たくないが為に。
(だけど、アシャは?)
アシャのあの眼で覗き込まれて、「どうした、ユーノ?」と問われて、それでもなおかつ、「何でもないよ」と笑って逝けるだろうか。死ぬとわかっている道へ、物問いたげなアシャの視線を背中に受けて、平然と踏み込んで行けるだろうか。
アシャのことだ、唇のほんの微かな震えで気づかれてしまうだろう。目のほんの一瞬の翳りで悟られてしまうだろう。
そして、それを、ユーノが期待していないとは言い切れない。
(期待しても、どうしようもないのに)
そう何度も言い聞かせてきたというのに。
(幾度繰り返せば、心は納得してくれるんだろう。何度言い聞かせれば、アシャの腕を望まなくなるんだろう)
それこそ、死ぬまで? そうすれば、この想いを抱き締めて、ただ黙って逝けるだろうか?
けれど、ほんのちょっとなら? ほんの僅かな揺らぎなら、伝えても誰にも迷惑がかからないのではないか?
(だめだ)
ユーノは心の中で強く首を振る。
脳裏を過る、アシャが一瞬目を見開いた顔、やがて戸惑い、何かを探すように視線を彷徨わせ、やがてそろそろと優しい微笑みを浮かべるのが。大事な大事な人、けれどそれは、心を磨り減らすような強さで願う類のものではないと、直接伝わらないように柔らかに心配りする顔。
その瞬間、きっとユーノはアシャを失うのだ。旅の仲間として一緒に居た日々を。剣を抜き放って背中を預け合う信頼を。疲れ切った夜に何となく側に居て眠る温もりを。ようやくここまでやってきたと、笑いながら見上げる青空の下の安心を。
(悟らせちゃいけない)
息を吸う。息を吐く。
大事だ。とても大事だ、かけがえないほど。それ以上が望めないのだから、これ以上失うのは耐えられない。
(ほんの少しも気づかせちゃいけない)
呼吸を肚の底に溜め込んで、唇を結んで前方を見据える。
(今に始まったことじゃないだろう? お前は『ユーノ・セレディス』だろう? それほどヤワな人間じゃないだろう?)
「おい!」
ダイン要城の一番外壁、第一の橋を渡り始めたユーノに、城門の側に立っていた門番らしい男が声をかけてきた。
無言で進む。
「おい、お前のことだ!」
別の1人が槍を構える。
「待て!」「待てと言ってる!」
ずんずん近づくユーノは1人、獲物は腰に下げている剣一振り、華奢で脆そうな少年が何用か、という不審は、歩みを止めない彼女に警戒心へと募る。それでも門を離れてどうこうしないのは、傲然としたユーノの態度に何かを感じたのか、ついに門の前の小さな空き地に達した辺りで、ようやくずいずいと数人が歩み出た。がしゃり、と目の前で槍が交差され行く手を阻まれる。立ち止まりはしたものの、ユーノは前方を瞬きもせずまっすぐ凝視して、男達を見ない。
「何者だ?」
訝しげな問いが重なった。
「何の用でここに来た?」
背後の大門横の小さな扉が開き、また数人、兵士が顔を覗かせる。
「おい、耳がないのか、お前は!」
「何者だ!」
声が高くなる。間近に迫り、ユーノを見下ろし、がしりと肩を掴んでくる。
ようやくユーノは相手を見た。にやりと笑う。
「城主に伝えろ。ユーノ・セレデイスがやって来た、と」
「何っ」
「ユーノ・セレディス?」
門番ともども、背後の兵士がざわめき戸惑う。