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「ふ…」
差し込んだ陽に目を細める。
地下道の闇に慣れた目には、真昼の陽射しは炎の刃のようにきつかった。
「あれだ」
途中から先に立ち、一足先に外へ出ていたリヒャルティが、片手を伸ばして彼方を指す。
「ふ、うん」
続いて数段の石段を上がり切ったユーノは、木立の隙間から見える城に、ゆっくりと焦点を合わせた。
ダイン要城。
別名『黒の城』。
小さな山が迫った小高い丘の上に造られており、周囲を三重の城壁が取り囲んでいる。それは、とぐろを巻く巨大な魔物の体とも見え、天を衝くように聳え立つ中央の塔は一際高く、雄叫びを上げる怪物の頭ととれた。黒みがかった茶色の岩石を切り出して造られた城塞、背後は山、前方には掘割と城壁、まさに重厚堅牢な守りの城だ。
中央の塔の頂上には、正方形の一辺を丸く抉った旗が黒々とはためいている。黒地に真紅と金の紋章、それを見て取って、ユーノは背後のアシャを振り返った。
「アシャ」
「ああ」
アシャも厳しい顔で頷く。
紅の宝石を一本の金の捻り棒が貫き、宝石の両端に金の翼をあしらった、その紋章を誰が忘れるだろうか。それこそは、ギヌア・ラズーンが率いる『運命』の紋章だ。
その下に、三角形の旗が遠慮がちになびいている。緑地に大きく描かれた、白と黒のぶっちがいが鮮やかだ。
「ガデロのバール将軍の旗だ」
リヒャルティが挑むような目をして唸った。
道々聞いたところでは、ラズーンのガデロ付近を巡視警邏する任を負っている『金羽根』は、血の気の多い連中が揃っていることもあって、再三バール将軍とぶつかりながらも決着をつけるに至っていないとのことだった。セシ公からは『あなたのことをダシにして、積年の恨みにケリをつけてしまおうなんて考えてるかもしれないですね、リヒャルティは』と軽く警告もされている。
「……いい城だ」
ユーノは静かに呟いた。髪を一陣の風が吹き上げていく。どこかで小競り合いでもあったのか、きな臭い匂いの風だった。
(命がけだな)
いつものことだが、と苦笑した。
(また、あの目をする)
アシャはユーノを見守りながら、胸を疼かせる。
時々見せる、追い詰められたような目。生き残ることさえ興味がないような刹那的な色をたたえていて、アシャの心をかき乱す。
(ひょっとすると、ユーノは死に場所を探してるんじゃないか?)
だからこそ、いろんな厄介事に次々と首を突っ込んでいくんじゃないか。
そんな不安に、一瞬たりとも目を離せないとさえ思ってしまう。
(終わってるな)
今回だって、こんな無茶をしてまで駆けつけてしまう自分が、情けないようないじらしいような。無意識に左脇を押さえる。じくり、と嫌な感触があったが、痛み止めは十二分に効いている。それならもういい。
「アシャ」
「ん?」
ユーノが振り返ってきた。見つめてくる、少女にしては厳しすぎる強い光の目を受け止める。
「どう思う?」
「確かにお前の言うように、1人で入った方が無難だな」
バール将軍は間抜けでも馬鹿でもない。大人数が動いたと見れば、すぐに地下道の存在に気づくだろう。そうなっては脱出さえ困難になる。
「だが、こちらが待つのは感心しない。同時に乗り込み、別働隊でレアナを救い出す」
「…そう、だね」
ふい、とひどく淋しそうな色が一瞬ユーノの顔を掠めた。だが、すぐにそれは消え去る。顔を逸らせて再びダイン要城を見やったユーノの細い首筋が、陽の光を白く跳ねる。少年用の飾り気のないチュニックの胸元に吸い込まれた甘い線、乱れた髪が一筋二筋首に絡むのが、妙に艶かしく見える。
(俺は…知っている)
鈍い熱さが体に広がった。
(こいつがどれほど華奢か……どんなふうに腕に包み込めるのか)
体がぎりぎりになっていると生存本能が働くのか、危うい感覚ばかりが先走る。だが、アシャにから顔を背けているユーノの姿は、そのまま自分とユーノの関係でもあると気づいて暗鬱な気分になった。
(だが…俺はいつもこいつを護り切れない)
おそらくは、今回も。
「じゃあ、後を頼む」
きゅっ、と唇を結んでダイン要城へ歩き出すユーノを、アシャは竦むような思いで見つめた。