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「そう…」
強いてにっこり笑ってみせる。
「助かっちゃうな。でも、足手まといにならないでよね」
かろうじて返せた憎まれ口が、滲まなかっただけでも褒めてほしい。
「あのな…」
やれやれといった表情のアシャが呆れた声を出す。と、
「リヒャルティ?」
いつもなら、先頭に立って混ぜっ返すはずのリヒャルティが、妙な顔でアシャを見ているのに、ユーノは首を傾げた。
「あ?」
夢から醒めたような顔でリヒャルティが瞬く。
「何だよ、アシャがどうかしたの?」
「どうかもしますよ!」
ギャティが言い返す。
「噂には聞いていたけど、こんな派手な剣だとは思わなかった」
バルカがくすくす笑う。だが、リヒャルティは依然どこか腑に落ちないという顔で、アシャを見ている。
「何だ」
「いや…そのさ…」
アシャの声に、リヒャルティはもぞもぞと身動きし、鼻のあたりを擦った。
「気のせいだろ……何か血の匂いがした気が…」
「アシャ!」
リヒャルティのことばの後ろ半分は、イルファの大音声に消されてはっきり聞こえなかった。
「な、何だ?」
「俺は淋しかった!」
「あ…」
はっきりきっぱり、自信をもって言い切るイルファに、アシャが倒れそうになる。バルカとギャティが複雑な顔で互いを見つめ、リヒャルティが引き攣った。ユーノは、まただ、と言う顔で額を押さえて壁に向く。
「そ……それがどうしたって?」
アシャが笑みを強張らせて問いかける。
「どうしたもこうしたもないだろう。一度は妻にしようとまで想っていた相手が、単身、危険な所へ行ってたんだ。心配するのは当たり前だ」
「妻ぁ?」
「アシャ、あなた見かけだけじゃなくて中身も…」
「違う、違う、違うーっ!」
ぎょっとしたように見るバルカ達に、アシャは苦り切って弁解する。
「あれは誤解で」
「誤解でも何でもよかったんだ、俺は」
再びきっぱりとイルファが言い切り、アシャが絶句した。
「何だよ? 冗談だろ? だってアシャは男だろ? 妻にはなれんだろ?」
と、これは、どうやらただ一人状況が呑み込めていないらしいリヒャルティの声だ。
「あーらら、我らがリヒャルティ、さすがにそういうとこは年齢が足りませんね」
「は?」
「そ。世の中にはいろんな趣味の奴がいるってことです」
「…ぷっ」
リヒャルティをからかうバルカ達のやりとりを黙って聞いていたものの、ユーノはついに吹いた。隠れ忍び、真剣な作戦の最中なのに、いきなり緊張を切られたせいか笑いが止まらない。く、とアシャの口からも苦笑が漏れた。
「そうだな。今に始まったことじゃないか」
「そうとも」
イルファは両刃の剣を差し上げる。
「俺の忠誠は、このリボンが証明している」
「どういうことです」
「つまりだな」
リボンがなぜ剣に結ばれているのかを、イルファが滔々とバルカ達に講釈し始めるのを背中に、歩き出したアシャにユーノは肩を並べた。
「……本当にびっくりした。この地下道じゃ、慣れてない分こっちが不利だ。私が囮になって突っ込むかと覚悟したよ」
「そこまで考えたのか、あの瞬間に」
アシャが溜め息まじりに応じる。
「相変わらず鋭いな」
「だって、相手が視察官だったら、五分五分にしか持ち込めない」
答えて、肩の奥に痛みが走った気がして、思わず口を噤む。
アシャが優しい労るような気配を満たして覗き込んできた。
「元気そうだな」
低い声に響く安堵に、ユーノもほっとする。
「ま、ね」
軽く頷いて、アシャを見上げる。薄暗がりの中、背後とユーノの手灯の明かりに、端整な顔立ちが浮かび上がり、金の光が面輪を縁取る。まるで神々を描いた絵のようだ、と思った。
「アシャの方は? 大丈夫だった? 『狩人の山』(オムニド)はどうだった?」
ここでこうして居るということは、それほど厳しい状況ではなかったのかもしれない。使者として、うまく役目を果たしたのかもしれない。だとしたら、この先の戦いが随分楽になる……。
「……その話は後にしよう」
なぜか、それまで笑っていた顔を翳らせて、アシャは首を振った。考え込んでいるような色が瞳に澱む。
(アシャ?)
アシャが口を噤むのは、自分に関わるラズーンの何かであることが多い。けれど、今はユーノだって、旅立った時のように無知な小娘ではないし、アシャもそれを知っているはずだ。アシャが口を噤まなくてはならない理由などないはずだ。
不安な想いに問い正したくなったけれど、はっきりと拒まれた今はそれ以上尋ねるわけにもいかず、ユーノも眉を寄せて口を閉じた。




