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地下道の入り口までは、それほどかからなかった。いずれも騎馬に秀でた5人のこと、たいした疲れもなく、ラズーンの外壁近く、小さな森に隠された石造りの門に辿り着く。
「とりあえず、正面から入ってみようと思う」
ヒストから降り、主の気配を敏感に察したのだろう、訝しげに体を揺する愛馬を軽く叩いて宥めてやりながら、ユーノはイルファに続ける。
「でないと、相手がどんな手に出てくるのかわからないし……万が一にも姉さまが別の場所に閉じ込められているとしたら、面倒だ」
「そうだな」
イルファが腰に手を当て、四角い石を積み上げた長方形の地下道の入り口から、中を覗き込みながら応じる。
「俺達は、その王の私室にあるという出口の方に詰めとくとして………どれぐらい時間がいる?」
「そうだな…」
地下道から吹き出してくる風は湿った土の匂いを含んでいる。乱れる髪を軽く手で押さえながら答えた。
「丸1日」
控えているリヒャルティ達を肩越しに振り返る。
「丸1日たって私が帰ってこなければ、私室から乗り込んできてくれ」
「ちょっと待てよ」
リヒャルティがぎょっとした顔で目を見開いた。
「帰ってこなければ乗り込めって……じゃ、何かよ、1人で行く気かよ」
「ダイン要城の中へはね」
リヒャルティを見つめ返す。
「そんな……それじゃ、何のためにオレ達が付いて来たのか、わかんないだろ?! オレ、兄貴にどう言やぁいいんだよ!」
露骨に顔をしかめて反対するリヒャルティを、
「付いては来てもらうさ」
優しい笑みで説得にかかる。
「地下道は私1人じゃ通り抜けられないもの」
「だけど、その先は?!」
リヒャルティは弟が姉を心配するような真剣さで声を荒げた。
「その先はどうするんだよ! 守りの兵士に捕まったら? 正面から入ってって身動き取れなくなったら?!」
「…」
ユーノは少し目を伏せた。
それは十分に考えていた。むしろ、無事に姉に会わせてもらえる確率の方が少ない。まずくすれば、そのままレアナとともに晒しものになるかも知れないのだ。
だが、どれほどその可能性が高いと予想したところで、レアナが捕まっている以上、ユーノには行くしか道がない。
「手紙には、1人で、とあった」
低い声で応じた。
「じゃあ、1人で行くしかない。もし、それに抗って、姉さまを殺させてしまったら」
脳裏を掠める悪夢。どす黒い後悔と身を絞る悲痛。
あんなことはまっぴらだ。
唇をきつく噛み締め、吹っ切る。
「それこそ、どれほど後悔しても取り戻せない」
「だけどユーノは!」
リヒャルティが食い下がる。
「ユーノの体は誰が心配するんだよ!」
「っ」
リヒャルティのことばが、一番弱いところに突き刺さった。ぎくりとしたのを勘づかれまいと、あえてふてぶてしく笑ってみせる。
「大丈夫だよ、リヒャルティ」
短い髪の毛を跳ね上げて請け負った。
「私も伊達に『星の剣士』(ニスフェル)と呼ばれたわけじゃないんだ。そう易々と殺られはしないさ」
「そうだぜ、リヒャルティ」
イルファが何を気にしてるんだと言う顔で口を挟む。
「こいつなら、1対20でも生き抜けるさ」
「そりゃ…そうかもしんねえけど………そりゃ、『星の剣士』(ニスフェル)なら、そうかもしんねえけどさ」
口ごもる相手にことばを重ねる。
「それに、リヒャルティ達に詰めておいてもらえるからこそ、私も安心して動けるんだしね」
「リヒャルティ、ここは一つ、『星の剣士』(ニスフェル)の言うことに従ったらどうです?」
「そうですよ」
バルカとギャティが代わる代わる宥める。
「仮にも、『星の剣士』(ニスフェル)の名前をとったほどの人だ。任せられるんじゃないですか?」
「う…」
リヒャルティはなおも心配そうにユーノを見やったが、自分に相対したユーノの腕前を思い出したのだろう、不承不承頷いた。
「わかった……じゃ、ユーノ」
「ああ。行こう」
ぐい、と地下道へ踏み込んでいく。