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結局、ユーノ達がセシ公の屋敷を出たのは、落ちかけた陽が空を淡い紫と薄紅に染めようとする頃だった。
『金羽根』はその名に違わず派手なことが好きな連中が揃っており、リヒャルティがユーノ達とともにダイン要城に乗り込むことを耳にすると、我も我もと来たがったため、その中から残り2人を選び出すのに手間取ったのだ。
「ったく…」
それがいつもの出で立ちらしい、真紅の衣だけを身に着けたリヒャルティは、黒馬にのんびりと体を倒して肘をつき、チラリと部下の方を振り返りながら呆れ声を上げる。
「大体、オレ1人で十分だってのに、お前らときたら」
「そうはいきませんよ、リヒャルティ」
「そうそう、我らを放っていこうなんてね」
にやりと、同じ顔が2つ、同時に同じ笑い方をした。双子のバルカ、ギャティ兄弟で、今回も2人一組、腕尽くでも役目は頂くと啖呵を切って、見事その座を勝ち得た。淡い金髪に額当て、後は紅の衣に手軽な防具だけという軽装だ。
「ちぇっ」
「ふ…まあよい」
セシ公は長衣の下から出した腕を軽く組みながら、馬上のリヒャルティを見上げた。
「少なくとも、2人が同行すれば、お前に理性の欠片が残ろうというものだ。それより、図は確かに覚え込んだな?」
「任せてくれよ、兄貴」
にっとリヒャルティが笑い返す。
「伊達に『緋のリヒャルティ』なんぞと呼ばれるかよ」
「その名に嗤われねばよいがな」
「ふん」
「…ユーノ」
ぷっと子どもっぽく頬を膨らませるリヒャルティを放っておいて、セシ公はユーノに目を移す。
「お気をつけて行かれよ」
「ご迷惑をおかけしました、セシ公」
答えるユーノを、相手はどこか眩げな目で見返してくる。
「死に急がれるな」
ぴく、と思わず指が震えた。無言で額のあたりに触れる。そこには『聖なる輪』はない。ダイン要城へ向かうためにミダス公邸を出た時に置いて来た。正統後継者候補と知られれば、逆に敵が増える可能性があったからだ。
だが、『聖なる輪』を置いてきても、もう今のユーノはただの辺境の小国の姫ではない。この世界の基盤となるものの存在と、そこにかけられた願い、それを支えようと重ねられてきた努力の重さを知っている。
セレドは平和に鈍麻して、すぐ側に迫る隣国の脅威に気づかない国だった。だが、それを理解していたユーノでさえ、もっと大きな枠組みの中で、崩れつつある未来には気づかなかった。
(ずいぶん、いろんなことを私1人が知っている、私1人が背負っていると思っていた、けど)
隣国との関係だけに心を砕いていられたかつての自分が、どれほど矮小で未熟だったのか、今ではよくわかる。
世界はもっと広くて大きく、深い仕組みで成り立っている。
それはもちろん、ユーノ1人でどうにかできるものではない。だが、ユーノもまた、その世界の中の失ってはならない仕組みの1つだ。
ギヌアは、そして『運命』は、それを理解しているのだろうか。それとも、理解しているからこそ、自らの価値を天秤に載せ、世界に対して覇権を争う道を選んだのだろうか。
「死に急ぎはしない」
ユーノは、しっかりと答えて、セシ公の緊張した表情に不敵に笑った。
「私にはまだ、やり残したことが多すぎる」
「……武運を」
セシ公はぽつりと応じて、艶かしい笑みを返した。